こんな夢を見た。





   夢 十 夜 −第一夜
 (月明かりが照らすその光景は、この世のものではないような、妖しい美しさ。)





気が付くと、隣で女の子が横になっていた。
珍しく俺は眠っていなくて、その子の顔を、ただひたすらに見つめていた。


突然、彼女が口を開く。

「ねえ慈郎くん」
「んー、どったの」
「私ね、」

もう、死ぬの。



さらり、とした声色で、彼女は囁く。
それになぜだか驚くこともなく、俺も「死んじゃうの?」と囁き返す。

「そう、死んじゃうの」

そう答えながら、女の子はぱちりと目を開けた。



大きな大きなその瞳は、涙を湛えてきらきらと光っている。
なんて綺麗なんだろう、と覗き込むと、自分の姿が鮮やかに映っているのが見えた。




覗き込んだ目はこんなに綺麗なのに。
思わず握った手はこんなに温かいのに。


「本当に死んじゃうの?どうしても?」
「仕方がないの、」


何が、どう、仕方ないんだろう。
そう考えているうちに、また彼女が口を開く。




「ねえ慈郎くん」
「…」
「慈郎くんにね、お願いがあるんだ」
「…なあに」
「私が死んだら、埋めて欲しいの」


大きな真珠貝で穴を掘って
そして、天から落ちて来る星の破片を墓標に


「そしたら慈郎くん、私のお墓の傍で待ってて。また逢いに来るから」


歌うように紡ぐその声音に、俺は思わず頷いていた。


「いつ、逢いに来てくれるの?」
「…お日さまが昇って、沈んで。また昇って、また沈むでしょ?
それを、何度も何度も繰り返して…その間、慈郎くんは待っていてくれる?」

俺がまた頷いたのを見て、彼女は思い切った様子で「百年、」と続ける。


「百年、待っていてくれたら。…そうしたら、逢いに来るから。必ず」
「うん、待ってる。待ってるよ、絶対に」


すると彼女は嬉しそうに…本当に嬉しそうに目を細める。
瞳の中の俺も同じように細くなって揺らいでいるのが見えた。




その目が段々と閉じていき

完全に閉じたその眦から

つ、と涙が零れる


それを見て、俺は彼女の命が尽きたことを知った。







それからすぐ、俺は庭に下りて穴を掘った。
あの子が言った通り、いちばん綺麗で大きな真珠貝で。
穴が掘り終わると、彼女を静かに横たえる。
ゆっくりと土をかけると、月が真珠貝に反射してキラキラと光った。


その作業が終わると、まるで彼女の言葉を聞いていたかのように
目の前へ星の破片が降ってきた。
角がすっかり取れて丸いそれは、きっと長い間空を旅してきたんだろう。
抱き上げて、出来上がったばかりのお墓に据える。
胸と両手に残った星の温もりは、握った彼女の手の暖かさに似ていた。



全てが終わると、俺はその傍に座ってお墓を見つめていた。
不思議と、眠くはならなかった。





大きな、真っ赤な日が昇る。
きらり、星の破片が反射するのを見ていたら、あっという間に日は沈んでいた。

(これで、いちにち)


そしてまたゆっくりと、日が昇ってくる。
眩しい光が地面を温めているのを感じていたら、あっという間に日は沈んでいた。


(ふつかめも、おわり)




毎日、毎日、数えきれないほどお日さまが昇って、また沈んでいく。
俺は一度も眠らずに、太陽と、空と、彼女のお墓だけを見つめていた。









何度、日が昇っただろうか。
途中から、その数を数えるのをやめていた。
すっかり苔むしてしまったあの星の破片と、
その下にいつの頃からか伸びてきた青い茎を見ながら、俺はあの子を思い出す。


百年。
百年、待っていてくれたら、逢いに来るから。


(…本当かな)

騙されたんじゃないだろうか。
本当に、逢いに来てくれるのかな。



日が昇る。
青い茎は、いつの間にか蕾をつけていた。
そしてまた日が沈んで、真っ暗な夜が来る。
何度目かわからない、夜だった。

(逢いたい、なあ…)


その時、ぽたり、と何かが頬に当たって、空を見上げる。
澄み切った鉄紺の空は、雲一つないというのに。





 慈郎くん、





いつかの、優しい声が聞こえた気がした。





 慈郎くん、ありがとう
 待っていてくれて、ありがとう





ぽたり、もう一粒落ちてきた雫は、葉にぶつかって蕾を揺らす。
揺れた蕾は、まるでその時を待っていたかのように一気に解ける。


冴え渡った月の光に輝く、百合の花。
強い香りが、静かな夜風に乗って届く。
その凛とした姿は、大好きな大好きなあの子に似ていた。





 逢いに来たよ、





一瞬吹いた強い風が、懐かしい声を運んでくる。
見上げた空には、柔らかな光を放つ暁の星。


ああ、この星は。
新しい朝の始まりを告げる、女神じゃないか。






ゆっくりと登ってきた朝日に背中を温められて、目を閉じる。
眠気なんて、とうの昔に感じなくなっていたのに。
ふわあ、と大きな欠伸が出て、俺はその場に蹲る。











久しぶりにぐっすりと、眠れそうだった。