こんな夢を見た。





   夢 十 夜−第三夜
 (確かに感じる"それ"は、第六感からの警告。)





ひとりで歩いていた帰り道。
信号で立ち止まっていたら、突然袖を引かれた。


「…なんじゃ、おまえさん」

振り返れば、そこにいたのは小さい男の子。
なんでも、連れが突然にいなくなって困っていたらしい。
目が見えないというその子を仕方なしに負ぶって、彼の示す方へ歩き始めた。


海沿いの道を通り、住宅街を抜けてもまだ歩き続け
そのうちに、田んぼの間の畦道に出ていた。
辺りは段々と暗くなり始めていて、早く目的地に着いてくれないかと
焦り始めていた時。



「今、田んぼの辺りだね」
「…どうして分かるんじゃ」


目も見えないというのに、何故だろう。
目が見えないと代わりに嗅覚が鋭くなる、とかいうあれだろうか。


「だって、鷺が鳴くじゃないか」
「鷺…?」

鳥の鳴き声なんてしたか、と考えていると、
思ったより近くで、鷺が突然に声を上げた。



驚いて、びくり、と体が震えたことに、背中の彼は気付いたかどうか
同じように、けれども面白そうに、少しだけ体を揺らした。


(…早く、着いてくれんかの)

なんだか気味が悪いその子の様子を伺って、小さく溜め息を吐く。
すると背中で、「ふふっ」と笑う小さな声。


「ねえおにいちゃん、重い?」

運動部、しかも強豪で有名な立海大附属高テニス部の自分が、
これっぽっちでへこたれる訳がない。

「重くなんてなかよ」
「今に重くなるよ」

予言めいたその言葉に、ますます気味の悪さを感じながら
田んぼから森へと伸びていく畦道を歩いていく。



さく、さく
枯葉を踏みしめる自分の足音が、暗い森に響いている。
会話もなく、男の子が時折行く先を示す声が背中から聞こえるだけ。


「そろそろ、石が立っているはずなんだけどな」
「石?」

言われてみれば、数十メートル先で道が二つに分かれていて、その間には確かに石が立っている。
目印のようなそれの隣には立て札が立っていて、左は日ヶ窪、右は堀田原という所に出るらしい。


(暗がりなのに、なんでこんな鮮やかに赤色が見えるん…)

標識に書かれている文字の赤い色に気をとられていると、男の子が突然に囁く。


「左」
「ひ…?」

一瞬反応が遅れた自分を笑い、彼は左の道を指す。


まるで、見えているかのように、まっすぐ。


「こっちだよ」
「…」




仕方なしに歩き出すと、くすくす、という笑い声が背中から聞こえてきた。



「もう少し行くと分かるよ………ちょうど、こんな晩だったな」
「…なにがじゃ」
「ふふ」


何がって、知っているじゃないか。


声色を変えず、背中のその子は楽しそうに呟く。
少しずつ、気味が悪いという思いは恐怖へと変わっていった。


日はすっかり落ちきって、少し先でさえも見えない。
嫌な沈黙は、背中から聞こえた「そこの杉の所、」という声で破られる。




「そうだそうだ、確かにこの杉だ」
ねえおにいちゃん、ここだったよね?

聞かれて、思わず「ああ、そうじゃったのう」なんて返事をしてしまった。
すると彼は器用に自分の背中を降り、しっかりとした足取りで
杉の根本に向かって歩いていく。

そうして、木に片手を付けると、振り向いて















「貴様が俺を殺したのは今からちょうど百年前だな」



















***



「…っ!!」

自分の声にならない悲鳴で目を覚ます。
同時に、自習中だったということを思い出して、机に勢いよく突っ伏した。

(眠気も吹っ飛んだぜよ………)






「めっずらしーの。仁王がぐったりと疲れる夢なんてさ」
「…ひっどい夢じゃった…」
帰り道、我慢できずに丸井にその夢を話してやった。
彼は少々面白がりながらも、「うっわ、こえー夢!」なんて同情してくれて。
ようやくあの夢の恐怖から解放されたと、安堵する。


「でもさー、本当に…」





くい、と 袖が引かれる   感覚





隣を歩く丸井は、気付かずに数歩先を歩いている。





「だって現実だったら………仁王?」






"それ"を、見てはいけない気がした。

けれども、自分は"それ"を見ずにはいられない。

恐る恐る、袖を引いた"それ"を見る。















「おにいちゃん、ぼく困ってるんだ」


ああ、見覚えのある"それ"は。


「目が見えないんだけど、一緒に来た人がいなくなっちゃって」


見覚えのある顔で、笑う。


「助けてくれるでしょ?」





頭の中で、警鐘が鳴った。