こんな夢を見た。





   夢 十 夜−第六夜
 (埋まっているのならば、)





運慶が護国寺で仁王像を刻んでいると聞いて、散歩がてら見に行くことにした。
行ってみれば、山門の前には小さい人だかりが出来ている。

鎌倉時代に建てられたような、古風な造りの山門は、
松の緑と朱塗りの門が照り合い、まったく見事なものである。
その山門の前に集まっている人々が口々に言っている様子を見るには、
どうやら車夫が人待ちをしながら見ているらしい。


「大きなもんじゃのう」
「人間を彫るよりよっぽど骨が折れるんだろーなあ」


見物人の存在を気にも留めず、人だかりの先で運慶は黙々と鑿と槌を動かしている。


あちらを彫っていたかと思えば、今度はこちらを刻み
迷いもなく手を動かし、像を彫りあげていく


その様子に感心していると、見知った顔を人だかりの中に見つけた。



「やあ蓮二。お前も見に来ると思っていたよ」
「貞治か。やはり気になるものだな」

並んで運慶の様子を眺めていると、貞治が口を開く。

「流石は運慶だな。俺たちのことなんてまったく眼中にないようだ」


その言葉を聞きながら、ふと考える。
(…一体どうして、運慶がこの時代まで生きているんだろうか)


「あの鑿と槌の使い方…まさに大自在の妙境…… 蓮二?」
「あ…いや。よくああして無造作に彫って、思うような仁王像が出来るものだと思っていた。
お前は不思議に思わないか?」
「ああ、あれは別に鑿で作っているわけではないそうだ。
あの通りに眉や鼻が木の中に埋まっているのを、鑿と槌を使って掘り出すんだ」


だから間違うはずがない。と、貞治は自信ありげに言う。
それを聞いて、なるほど彫刻とはそんなものか、と思い直す。



それならば、自分にも仁王像が彫れるはずだ。



「? どこへ行くんだ、蓮二?」
「少し用事が出来た。先に失礼するぞ、貞治」







家へ帰ると、早速工具箱から鑿と金槌を取り出して、手頃な木を探す。

(…そういえば、嵐で倒れた木があったな)

数日前、暴風で倒れた木をそのまま薪にしようと置いていたものがあったはずだ。
思い出し、表に出て大きな樫をひとつ手に取った。


(仁王像は、いるだろうか)

少しばかりわくわくしながら、勢いよく彫り始める。
…が、不幸にして仁王像は見当たらなかった。

気を取り直し、次の木を手に取って彫り始める、が…
(…やはり、いないか)
そこにも、見つけることは出来なかった。


次の木も、その次の木も、更に次の木にも、仁王像は見当たらない。
手近な木すべて彫り尽くし、俺は悟った。




明治の木には、仁王像は埋まっていないのだということ
そして、運慶が今日まで生きている、その理由も。














***













「柳せんぱーい、何してるんスかー?」


はっと、意識を戻す。
無意識のうちに、鞄から彫刻刀を取り出していたらしかった。

「彫刻刀?何に使うんすかそんなん」
「…いや。なんだか、夢で…」
「え、夢?柳せんぱい、寝ぼけてるっしょ」

めっずらしー、などと言って笑っている赤也には答えず、彫刻刀を持って立ち上がる。

「ちょ、どこに行くんスか、そんなん持って」


呆れた様子の後輩を置いて、向かうのは木工室。
確かあそこには、余った木材が置いてあったはずだ。


床に腰を据えて、木材に刃を当てる。
少し彫り進めたところで、


俺は、そこに埋まっている「なにか」を見た。