「柳は、今生きているのが夢か現実か…わからなくなったことって、ある?」
その言葉に、柳は首を傾げた。
06
「夢か、現実か…?」
「うん、そう。なんだっけ、そんな故事があったな…
蝶の姿が本当の自分か、それとも人間の姿が本当の自分か、ってやつ」
「あぁ、"胡蝶の夢"か」
「それそれ。
…最近、よく夢を見るんだ。すごくリアルで、現実なのかと思っちゃうくらい」
彼が頷いたのを見て、続ける。
「そのどちらでも、私は病気で。それだけは確かなことだってわかるんだけど、
…こうしている自分が本当の、現実の自分だって言い切れない」
今は、これまで生きてきたあちらが現実だと思えるけれど…
もし、それが逆転してしまったら。
こちらで起きている時間が長くなって、目覚めてもここにいるようになってしまったとしたら。
それでも私は、あちらを"現実だ"ということが出来るのだろうか。
長い、沈黙。
それを破ったのは、柳の「その故事の解釈、」という言葉だった。
「解釈?」
「あぁ。知っているか?」
「え、そこまでは…」
「いずれも真実であり、己であることに変わりはない。どちらが真の世界であるかを論ずるよりも、
どちらも肯定して受け容れ、それぞれの場で満足して生きればよい。…ということだ」
どちらもお前だ。そうだろう?
閉められた扉。
私は何も言わず、ただその言葉の意味を考えていた。
***
「胡蝶の夢…夢現…現実逃避……ひ、避難訓練…」
「何、漢字しりとり?」
「あぁ、おはよ…」
「おはよう。何か疲れてるね」
「寝た気がしないから」
確かにそうか、と言って、彼女は持ってきた花を花瓶に生ける。
「で?何があったの?」
「ジャッカルの大変さが身にしみてわかった」
柳が帰った後に、ブン太と赤也が来たのだ。
なんでも、ロビーでたまたま会ったらしい。
ちなみにブン太は試作ケーキ持参、赤也は腹ペコ状態。
…ここまで言えばわかるだろう。
「赤也がケーキ食べたいって言ったわけね…」
「そう。ものっすごい駄々こねた。でも私も譲らなかった」
「大人気ない」
「結局そのウルウルおめめに負けてあーんしてあげちゃったけど」
「うわっ、なにそれ」
「そしたら今度ブン太もあーんして欲しいって言ったのよ」
だからしてあげたの。跡部の真似して「あーん?」って。
「…丸井はどんな反応した?」
「…ケーキ返せって」
はぁ、とため息を吐かれた。
「赤也にはうけたんだけどなぁ」
「すごい夢だよ、ほんとに…夢じゃないんじゃないの?」
どきり、とする。
夢じゃないとしたら。…そんなことあるはずない。だって実際、こうしてマンガだってアニメだって。
「ま…まっさかー」
「冗談。だってそしたら作者は、」
どきり、どきり。
「違う世界を見てるわけじゃあるまいし、」
どきり、どきり、どきり、どきり。
・・・いきが、つまる。くるしい。
「だからさ、…?」
の声も聞こえない。
聞こえるのは、自分の鼓動の音と…
"俺たちは負けない。無敗で、君の帰りを待ってるよ"
いつかの、その言葉だった。
(気付けなかった、別れの予感)