気付けなかった、それはただの言い訳。
彼らが助けてくれていた、"私"という存在に。




   12




(あれ…シャーペンの芯、なくなっちゃった…)

…仕方ない。売店まで、リハビリついでに歩こうか。
そう思って、財布を取ろうと戸棚を開けた時。

「こ、れ」



目に留まる、芥子色のジャージ。
そういえば彼らがあの時、私の分だと言っていただろうか。
誰かが畳んで、しまっていてくれたみたいだ。
何の気なしに手にとって、広げる。
「…!!」





王者を表わす背中のロゴを、囲むようにして。
元気な文字がたくさん、踊っているのが見えた。



"早く退院して、約束してたケーキバイキング行こうぜ by丸井"
"お前がいねぇとブン太と赤也が手を付けられねぇ。早く戻ってきてくれ。 ジャッカル"
"一日も早い回復を部員一同心から願っている 真田弦一郎"

並ぶ、レギュラー陣の名前。
見たことのない名前たちは、内容からして平部員のようだ。

"先輩が戻ってきてくれるのを待っています"
"応援しています、頑張ってください"


温かい言葉に、視界が歪む。


この世界の、私の知らない"私"は
どれだけ彼らに助けられたのだろうか。



気付かないうちに床に落ちていた写真を手に取る。
どうやらそれはジャージにはさまれていた、らしい。





優勝旗を片手に、誇らしげな表情を見せるレギュラー陣。
その中心で幸せそうに笑っていた"私"が…何よりの、証拠だ。



…私は、何てことを彼らに言ってしまったんだろう。
心配して来てくれたのに、突然泣いた挙句「帰って」だなんて。

(謝らなきゃ、)
私が彼らの知らない"私"だったとしても、助けられていたのは確かだ。



あんなことを言ってごめん、と

もう泣かないから、頑張るから、支えて欲しいと

代わりに、伝えなければ。




何も考えないで、財布と手帳を手に取る。
みんなの連絡先は、全て携帯電話から書き出してあるのだ。
"私"の携帯電話を勝手に使うのは、まだどこか心苦しいものがあるから。




来ないエレベーターを、イライラしながら待つ。


早く、早く、早く


彼らは怒っているのかもしれない。だから、お見舞いに来てくれないのかも。
そんな嫌な予想をしてしまって、恐ろしくなる。


早く、早く、早く


みんなが来なくなって、それでいいと思ったのに
全然、大丈夫なんかじゃなかった


早く、早く、早く


階数を表示するランプが点いて、ようやく扉が開く。
駆け込もうとして気付く、


「あ、」


銀色の、しっぽ。


「っ、…」


一瞬、彼は驚いた表情をして



「…久しぶり、やの…



小さく、笑った。





(不安な気持ち)(どっちもどっち)