「県大会の頃に、手術をすることになったんだ」


赤也の笑顔が、固まった。




   20




引きつる赤也の顔。
それを見て、心が折れそうになるのを必死に堪える。




いっそ、言わずに済ますことが出来たら。
そう思わなかった訳ではない。
だけどそうすることで…私を支えてくれる人を、彼らを…もっと心配させてしまう。

それだけは、避けたかった。




「あ、別に悪いから手術するっていうんじゃなくて。…いや、どこかが悪いから手術ってするもんだけど。
今後の生活のためにっていうか…ああもう、わからなくなってきちゃった…」


冷静に話そうとすればするほど、頭の中がぐちゃぐちゃになっていく。
ぎゅ、と幸村が手を握り締めてくれて、私は一度深呼吸をする。


「今のこの状態は、あくまでも薬で抑えられてるだけだから。だから、
少しでも薬を減らして元の状態に戻せるように、っていう手術、だよ」




…静まり返ったテニスコート。
他の部員たちが遠くのコートで練習をしている音が、やけに大きく聞こえる。




「手術までは、」

仁王が、突然口を開いた。


「次の入院までは、部活に来るんじゃろ」
「うん、もちろん」
「なら、よか」


珍しい仁王の笑顔を近距離で拝んだところで、止まった時間が動き出した。



「じゃあ、今度の合宿も来るんスか!?」
「が…!?初めて聞いたけど、あるの?」
「ああ、氷帝学園とだ。来月は連休があるだろう?」
「もちろん、行くよ」
ーマカロン食っていいー?」
「丸井!コート内で菓子を食うなど、たるんどるぞ!」
「あ、それ俺も食べたいな。もらっていい?」
「む、幸村…」
「あ、あはは…差し入れだから、自由に食べて。そっちの大きい箱には手を出さないこと」
「その大きさであれば、平部員用というところか。さすがだな」



時が動き出す。
(…思ったより、普通の反応だった、な)
ほっと息を吐いたところで、幸村の手が離れていることに気付いた。


何もなかったような顔で、マカロンをかじっている幸村。
ありがとう、と呟けば、笑顔で返された。


…まったく。幸村の笑顔はずるい。
(たまに、言葉以上の意味を持つんだからなぁ)











***











結局その後は、コート脇のベンチで彼らの練習を見学するだけになってしまった。
「一年のマネージャーには後で仕事を教えればいい」、なんて柳に言われたからだ。

(そういえば忘れていたけれど、新学期になったから新入部員が入ったんだ…)

そんなことを考えながら、目を閉じる。
スイートスポットで返されたボールが立てる心地いい音に、意識を集中させた。




「よっと。んじゃそろそろ、天才的な妙技見せるぜ…仁王が」
「俺様の美技に酔いな!…プリッ」
「氷帝の跡部じゃねーか!」「仁王先輩、それズルいっす!」


行き来するボールに、心底楽しそうな笑顔。


「フフ…みんな、が帰って来たからってはしゃぎすぎだよ」
「うむ、まったくだ。立海優勝に、」
ー、もちろん俺のことを応援してくれるよね?」
「…幸村君…」「精市…」

「はいはい、応援してるから、頑張って!」

向こうのコートから聞こえてきた幸村の声に、笑顔で手を振る。
呆れたように幸村を見ていた柳生と柳が、私を見て苦笑した。

せんぱーい、俺も俺も!応援してくださいっス!」
「なっ、ずりーぞ赤也!、俺のことも応援してくれるだろぃ?」
「最近マネージャーからの応援がなかったからのぉ。もちろん応援してもらうぜよ」


「何をしている!試合はどうした、試合は!!」

真田の怒鳴り声が響いて、赤也とブン太、それに仁王が揃って逃げ出した。



(ねえ、もうひとりの"私"、)

聞こえてる?この音が。
あなたが聞きたかっただろう、この音。見たかったはずの、景色。

(代わりに、目に焼き付けておくから)

あなたの分まで、精一杯彼らを支えるから。
だからどうか…





(心配しないで、おやすみなさい)