「うわあ…なにこれ」

、絶賛格差実感中。




   24




とうとう。
とうとう来てしまいました、この日が。


玄関先に置いてある荷物を、恨めしそうに見る。


楽しみじゃないわけがない。それは当たり前だ。
けれども、この終わらない課題たち(鞄1つ分になった)と共に行きたいところではない。

(…本当に柳とか柳生とかが助けてくれるんでしょうね…?)

「安心しろ、教えてやる」「さんの頼みであれば喜んで」なんて言ってくれた言葉を、少しだけ疑ってしまったけれど。
ここまで来たら、逃げてなんていられない。


戸締りOK、火の元OK。

「いってきます、」

誰にともなく、言葉が零れた。






せんぱーい、明日迎えに来てくださいっす!俺絶対寝坊するんで!」

そんな嘆きの主は、可愛い可愛い後輩。
に頼らず自分で起きんか馬鹿者、なんて真田に拳骨を喰らいながらも、赤也はしつこく頼み込んできた。
私はその願いを苦笑しつつ了承し、集合場所へ向かうルートに"赤也の家"を組み込んだわけだけれど。


「ごめんなさいね、さん。うちの馬鹿のためにわざわざ寄ってくれて」

困ったように笑う赤也ママの背景には、「ううっ、すんませんせんぱい!」と騒ぎながら走り回る後輩の姿。
私に向かって笑顔を見せていた赤也ママは、後ろで自分の息子が荷物に躓いたのに気付いてぎろりとそちらを睨む。

「赤也…?だからいつも言ってるでしょう、前の日に準備は済ませておきなさいって!」

そしてまたこちらに視線を戻すと、「先に行っていてくれてもいいのよ?」なんて優しい笑顔を見せる。

「いえ、早く出てきたので大丈夫です。まだ余裕がありますので」
「まあ、さんはしっかりしてるのねえ…こんな素敵な先輩がいるのに、うちの子は…」
「そんな、とんでもないです。赤也くん、とっても優しくて…いつも助けてもらってますし」

…赤也の底抜けな明るさに、何度助けられたことか。
私の言葉に驚いた赤也ママが目を丸くするのと、赤也が最後の荷物を鞄に放り込むのとは同時だった。

「用意出来たっす!お待たせしましたー!」
「朝からお疲れ。さて、行こうか?…すみませんお母様、おじゃましました」
「お母様だなんて照れるわあ。今度はぜひ遊びにいらしてね」
「はい、ありがとうございます」


どこか、私の母に似ているような笑みで。
赤也ママは、「いってらっしゃい」と送り出してくれた。



「ったく…朝からすんません、うちの母ちゃんがうるさくて」
「いやいや、とんでもない。赤也ママ、楽しくて好きだよ。お邪魔じゃなければ本当に遊びに行きたいくらい」
「マジっすか?あんなにうるさいのに?」
「うるさいのは赤也のことを心配してるからだよ、大切に出来るうちに大切にしておきなって」


その言葉に、赤也は"私"の身の上を思い出したらしい。
"私"の両親の死を思い出したのか、彼は目を伏せて「…すいません、」と呟く。

(…そんなつもりで言ったわけじゃないんだけどなあ)

困った私は、その場で立ち止まっている赤也の頭をぺちりと叩く。

「心配されてるうちが華だよ。さて赤也、私を待たせた罰としてチロル1コ寄越しなさい」
「えっ?チロルって…この間俺が買った限定チロル!?いやいやいや、勘弁してくださいって!」

丸井先輩にもバレないように隠してたんっすよ!?なんて慌てて私を追いかけてくる赤也にニヤリと笑いつつ、
私たちは、集合場所である学校へと向かった。










***










が迎えに行ってくれたおかげで、時間内に全員揃ったね」

幸村がみんなを見回しながら言う。
きちんと全員が時間内に乗り込んだバスは、先程合宿所に向かって出発した。
ちなみに、人数に対して多い座席数のおかげで、みんなが2つの座席を占有出来ている。
その中でも私は後ろの席を陣取って、持って来ていた"私"の日記を開いている。


…情報が、ないのだ。
氷帝と面識がないわけでもないんだろうに、この日記の中に氷帝のことはほとんど出てこない。
唯一あった言葉は、


"もう2度と氷帝と合宿なんてするもんか…!"


ごめんね、"私"。
(今まさに、その合宿に向かってる最中なんですよ…!)

いつもなら無駄なことまで書いてくれているから、油断した。
これじゃあ、何があったかなんてわからない。
私に出来ることといったら…

(近付かないようにすることしか出来ない、じゃない!)


ひとつ、ため息。
2泊3日の日程、私は生きて帰ることが出来るのでしょうか。






、もうすぐ着くらしいぜ」

いつの間にか寝ていたらしかった。
起こしてくれたジャッカルにお礼を言って、大きく背伸び。
そして、何の気なしに窓の外を見る、と。


「うわあ…なにこれ」


氷帝が手配したらしい合宿所は、
案の定、一般人の予想の遥か右上をいっていました。


「こんなに豪華な場所を選ぶ必要はないじゃろ…」
「信じられませんね…」

珍しい、2人の呆れた顔を拝めたのは収穫だけれども。


バスはその豪華な建物の前で止まり、私たちは仕方なしに荷物を手にバスを降りる。
背伸びをしつつ最後に降りてきた幸村が、「氷帝はもう着いてるはずなんだけどな」と周りを見回すのと、
後ろから声がかかるのとは同時だった。



ちゃんやんか」
「久しぶりだな」

思わず小さな悲鳴が上がったのも、無理がないことだとわかってほしい。


(心の準備が出来てない…!)


本当に私は、生きて合宿から帰れるのだろうか。







(ここは地獄か、天国か)