目の前で困惑したような表情を見せる跡部。
なんとも貴重な光景だ。
その跡部が、ゆっくりと口を開いた。

「…なんだ、コレは」




   ハッピー☆メリー!




彼の視線の先にあるのは、いかにもプラスチックな感じのクリスマスツリー。
それに、真っ赤な帽子と衣装…いわゆる「サンタクロース」のセットである。
お坊ちゃま育ちの跡部は、まさか見たこともないというのだろうか。


「…いやあ、まさかな」
「そうだよ亮、まさか跡部がツリー見たことないとかありえないって」
「そうそう、いくら跡部だって…」
「こんなプラスチックのオモチャがツリーだってのか?」
「嘘やろ跡部!」「Aー!?うっそー!」

ガーン、といった表情で固まるあたしたち(日吉を除く)を一瞥して、
跡部は「クリスマスツリーってのはモミの木に決まってんだろ」なんてのたまう。
いやいや、それはそうだけどさ。みんながみんなモミの木手に入れられるわけじゃないんだって。
(本物のモミの木のツリーを見たことがないって呟いたら、跡部に穴が開くほど見つめられました)(なんでよ!)

「じ…じゃあ跡部、ツリーの飾り付けってしたことある?」
「あぁ?んなもんあるわけねーだろ。第一デカすぎて届かねぇ」
「桁違いや…」
「じゃーあとべー、サンタさんっていつまで信じてたー?」
「さあ、いつまでだったか覚えてねえな」

質問攻めにされるのにも、とうとううんざりしてきたらしい。
眉間に皺が寄ってきたから。

「…オラお前ら、練習始めるぞ」
「えー」
…ほら、もう一本皺が増えた。






広くて豪華なこの部室に不釣り合いなツリーを持ち込んだのは、不思議な笑みを浮かべた滝くん。
『跡部って、こんなツリー見たことないんじゃないかなあ』なんて嬉しそうな顔をしていたっけ。
小さな電飾と、サンタの飾り。
てっぺんに光る星は、少し安っぽい輝きを放っている。
他のみんな(長太郎だとか、樺地くんだとか)はわからないけれど、この気の抜けた感じが
「クリスマス!」っていう雰囲気を醸し出しているように、あたしは思うんだ。

幼稚舎から一緒の亮たちだって同じだと思う。
誰がどこに飾るかという場所取りの争奪戦を繰り広げながら飾り付けたツリーを、
あたしたちは同じような表情でわくわくしながら見上げていたから。




「あれ?このサンタの衣装は誰が持って来たの?まさか忍足?」

練習後、ひょいと部室を覗き込んだ滝くんが、楽しそうな顔をした。
「いや、俺やないで。ちゃんや」
「ん、持ち込んだのはあたし。友達が作ったからってくれたの」
「へえ、すごいですね!俺てっきり先輩がわざわざ買ってきたのかと」
「いやだなあ長太郎あたしそんな面倒なことしないよあはははは」
「そんなに面倒なことが嫌なら持ち込まないでください」
「そうか日吉そんなにこれを着たいんだな、あーん?」
「似てませんよ」

どうやらこの2年生ズはわかっちゃいないらしい。

「みんなでクリスマスを過ごしたいっちゅー、ちゃんなりのアピールやないか」
「うーん忍足、ちょっと違うけどだいたい正解、3ポイント」
「わーい、って何のポイントや」
忍足のツッコミが見事に決まったところで、監督に呼ばれていた跡部が戻ってきた。


「てめぇら、まだいたのかよ」
「景ちゃん酷いわあ、俺ら景ちゃんのこと待ってたっちゅーのにー」
「萩之介、これを持ち込んだのはお前なんだろう?責任もって持って帰れよ」
「ふふ、酷いな跡部。せっかく珍しいかと思って持って来たのに」
「そうそう。ねー跡部、ちょっとこれ着てみて、多分跡部のサイズにピッタリだよ」
「断る」
「あとべーE〜じゃんちょっとくらい、オンナノコたちが喜ぶよー」
「見せる気もねぇ」

頑なに断り続ける我らが帝王に、2年生たちも面白くなったのか。

「跡部部長、先輩が可哀想ですよ!」
「関係ねぇだろ」
「着る勇気がないだけだろ、放っておけよ鳳」
「アーン?」

お、ちょっと乗ってきた。グッジョブ日吉。

「そんなことないよ、ねえ跡部」
「…萩之介」
「着る勇気がないんじゃなくて、みんなの前で着ることが恥ずかしいだけだもんね?」
「違ぇよ!」
「なんだそうだったのか。激ダサだな跡部」
「別に笑わねーから、着てみろよ」
「ウス」
「樺地、樺地どうしたんやお前!」

忍足の渾身のツッコミは華麗にスルーされ(ボケも流されてたっけ、お気の毒)、
樺地に衣装を手渡された跡部は本格的に呆れ顔だ。

「ハァ…ったくお前ら、何を企んでるんだ?」
「え?特に何も。跡部に庶民的なクリスマスを味わわせようとかそんなこと考えても」
「考えてんじゃねーか」
もうひとつため息をついて、氷の帝王がついに折れた。




「仕方ねえな」











***











真っ赤な帽子、そして衣装。
完璧に着こなしているのは、流石というべきか。
笑わない、といった岳人は、笑いを通り越して感激したらしい。
…確かに、笑うとかじゃなくて…妙に似合ってるのが嫌だわ。

「アーン?俺様に似合わない衣装なんてねーんだよ。なあ樺地」
「…ウス」

…友人が使った布はなかなか値の張るものらしい。
服飾関係の仕事に就きたいと言うだけあって、出来ももちろん素晴らしいものだ。
プロの作るものに劣っているからこそ、跡部に着せてみたいともらって来たのに。
…なんて言うか、ねえ。


「…なんか…庶民じゃない…」


そう、それなのだ。悔しい点は。
もうちょっと庶民っぽさが出るかと思いきや…似合いすぎてもう。




「嫌ですよ、こんなサンタ」

"受け取れ雌猫ども!"とか言いそうじゃないですか。
心底嫌そうな顔で呟いた日吉に、みんなが頷く。
「うん…今回ばっかりは日吉の意見に賛成…」「俺もだC…」「だな…」


顔を見合わせて、ため息ひとつ。


「…もういいや、跡部それ脱いでよ」
「庶民的なクリスマス、味わわせてくれるんだろ?」
まだまだこれからじゃねーの。


ニヤリ、跡部が笑う。
その目はキラキラしてて、吹き出しを付けるとするならばそう、


興 味 津 々 。





(しまったあああああ!)


このお坊ちゃんの好奇心に、あたしは知らず知らずのうちに火をつけてしまったらしい。
それに気付いた部員たちは、揃って真っ青になる。


「ちょ…ちょっと亮、跡部どうにかしてよ」
「む、無理に決まってんだろーが!こういうのの扱いは忍足が慣れてんだろ!」
「…」
「心閉ざしやがった…!!」
「がっくん、跡部はどうにかしなくてもいいからせめて忍足を呼び戻して!」
「ああ…俺無理。日吉の蹴りならどうにかできるんじゃねえ?」
「嫌です。鳳の歌とかならいいんじゃないですか」
「日吉…それどういう意味?」
「zzz…」
「ジロー!!」


わあわあ、騒いでいるあたしたちに、跡部が声をかけた。



「なんてな。行くぞ」
は本物のモミの木を見たことがないらしいじゃねえか。
ちょうどいい、うちで今日パーティーの予定があるから来い。

再び不敵な笑みを浮かべた跡部に、みんなはあたしを向いてガッツポーズ。

「お前らもな」

続いた言葉に、そのガッツポーズは一気に力を失った。









それから数十分後…
あたしたちは跡部邸へ向かう車に押し込まれ、
豪華すぎるクリスマスのご馳走と巨大なツリー(しかも本物の木だよ…)を目の前にして肩を落としていた。


「…言葉に気をつけよう…」
「そうしてくれ…」



なんだかんだ言って、こんなクリスマスを楽しんでいるのは確かなんだけど。
もうちょっと、おとなしいクリスマスがしたいなあ、なんて…!!




(…でも、)
跡部も、楽しそうだし。
1年に1度なら…まあ、我慢してもいいかもしれない。













「お前ら、空から初日の出見に行くぞ」
「こたつとみかんがないなら行かない」
「あーん?」


数日後には、こんな会話もあるんだけれども…
それは、また別のお話。