ああ。
また、この季節がやって来てしまいました。




   ハッピー☆メリー!




「赤也、今年はサンタさんに何を頼むんだ?」

問いかける柳の声に、部室にいる全員の意識が集中する。
問われた本人である赤也は、先輩一同のそんな行動にも気付かずぱああ、と表情を明るくした。

「まだ迷ってるんスよ…新しいラケットも欲しいし、ゲーム機だって…」

わくわく、といった表情で答える赤也。
しかしその返答に、私たちは揃って表情を強張らせる。
きっとみんなの頭の中では、電卓(そろばんの奴もいるかもしれない)が弾かれていることだろう。
(ジャッカルなんて顔色悪いよ、可哀想に…)


「でも俺、心配で」
「な、何が?」
いかにも興味があるといった風を装って相槌を打つと、
彼はさっきと違って少し落ち込んだような表情を見せた。


「クリスマスたって、合宿じゃないスか」
「ああうん、そうだね」
「サンタさんが俺を見つけてくれるかってのが心配で仕方ないんですよー」







沈黙。
しかし、それは赤也が気付かないほどの一瞬だった。


「大丈夫だって!サンタは天才的だからな!」
「そうじゃ、赤也がどこにいるかなんてお見通しぜよ」
「ええ、心配いりませんよ!」

信頼する(?)先輩方の言葉に、彼は安心したらしい。
またニコニコとご機嫌な顔になって、「ちょっと素振りしてくるっス!」なんて言って
部室を飛び出していった。


残ったのは、大きくため息をつくその"先輩方"である。


「あいつ、また高いモンを…」

それはそうだ。
いくら私立に通ってるとはいえ、私たちは高校生。
もちろんバイトなんて許されていない
というか、許されていたとしてもそんな体力的な余裕はないし。

そうはいっても、可愛い可愛い後輩の為だ。
ちょっと財布は痛いが、我慢するしかない。


「蓮二…赤也の言っていた欲しいラケットとは、一体幾らするのだ?」
「およそ2万、といったところか。最新モデルでなければな」
「最新モデル?それは幾らするんだい?」


「…3万5千円、ほどだな」


一人分にすると、4千円ちょっと。
この時期に約5千円は痛い出費だ。
幸村とかブン太とかのお兄ちゃんズは、妹弟にもプレゼント買ってあげなきゃないらしいし。



「…ま、まあお金はどうにかするとして!どうやって渡すんだよ?」
それも重要な問題だ。
赤也が言っていたとおり、その日は合宿。
確かに、オフよりは渡しやすい、が…


「気付かれてしまう確率も高いですしね…」
「ああ、プレゼントなら私の部屋に隠しておけるよ!」
「ふむ。の部屋なら赤也が見つけることもないだろうしな。その手でいこう」
「隠すのはいいとして、誰が枕元に置くんだ?」
「同室の誰かじゃろ…幸村、部屋割りは決めとるんか」
「まだだけど、上手く誤魔化せそうなメンバーと一緒にしようと思ってたよ」


誤魔化せそうなメンバー。
仁王、ブン太、そして柳か幸村の誰か、といった所だろうか。

「ああ、柳は別室のほうがいいか。指示を出して欲しいしね。
仁王とブン太も別室のほうがいいかもしれない」
「いいだろう。では赤也と同じ部屋になるのは幸村だな」


何だかんだいって、着実に計画は進んでいく。
あとは本人に気付かれないようにするのと…品物、だ、な…!!



同時に同じことに気付いたのか、私たちはまた揃ってため息をついた。











***











そして、合宿当日。
クリスマスを明日に控えた、つまりクリスマスイブ。
私たちは、柳の叔父様が経営しているというペンションにお邪魔していた。

(この季節になっても雪がないなんて…!!)

ちょっと感動している私の背後から、赤也が突進してきた。


せんぱーい!」
「ちょ、赤也!なに、どうしたの?」
「へっへー、明日はクリスマスじゃないっスか!先輩はサンタさんに何を頼んだんですかー?」
「えっ」



…うわあ…こういう質問が、来るとは…!!



赤也の肩越しに見える彼らの顔が、引きつっているのが見える。

(予想外、デース)

ちょっと懐かしいCMの言葉を心の中で呟いて、「あ、アクセサリー、かなっ」なんてとりあえず答える。
「えー、誕生日にもあげたじゃないっすかー」
「あのね、女の子って結構アクセサリー貰ったら喜ぶもんだよ?あんまり外れないし」
赤也も女の子にプレゼントあげる時には参考にしなさいね、と上手く誤魔化すと、
幸村がちょうどいいタイミングで集合をかけてくれた。(もう少し早くかけてよ…!!)


「あ、危なかった…!!」
「ほう、はアクセサリーが欲しいのか。ノートに加えておこう」

背中から聞こえた声の主を、私は軽く睨む。

「咄嗟に言っただけだよ、そんなのデータにならない」
「あまり外れがないのだろう?」

そんなことを言って笑う柳に苦笑を返して、自分に宛がわれた部屋に向かおうと鞄を手にする。
…そういえば。

「柳、アレは?」
「もちろん手に入った。定価よりだいぶ安く、な」
「えええどうやったの!?」

驚いて聞くと、彼は「企業秘密だ」といってまた笑う。
それじゃあ仕方ないな、と返事を返してから、私はこっそりと柳からそれを受け取った。














練習が終わった、その日の夜。
夕食のテーブルに、いつものメンバーが並んだ。
…まさか、クリスマスにまで彼らと集まるとは思いもしなかったけれど。

蝋燭を灯して、みんなでご馳走とケーキを囲む。
柳の叔母様お手製の素晴らしい料理の数々を目にして、もちろんテンションの上がる私たち。
真田も珍しく眉間に皺が寄ってないし…(ごめん真田)
「どうぞごゆっくり」と微笑んだ柳の叔父様と叔母様が、厨房の奥にあるという部屋に引っ込んでから、
私たちはそれぞれの手にグラスを持ち、静かにそれを合わせた。


柔らかなガラスの音がそこかしこから聞こえて、私は気付かれないように小さく笑う。


(なんて幸せなんだろう)


今までだって、一緒にクリスマスを過ごしたことはあったけれども。
練習をしていたとはいえ、一日中彼らと一緒に過ごしたことはなかった。

恋人や家族と過ごすクリスマスとは違う。
気の置けない友人たちと過ごすクリスマスだっていいものだと、思わずにはいられない。



そんなことを考えながらふと周りを見ると、全員の視線が自分に集まっているではないか。

「な…何?」
「…こういった話はお前からするべきではないか、幸村」
「えー真田がしてよー」
「なぜ俺が!」
「そうっすよー真田ふくぶちょーがしたっていいじゃないですかー」
「赤也あああ!」


そのやり取りに笑う。
一体彼らは何を企んでいるんだか。


「仕方ないなあ、話が進まないから俺から話すよ。…


たった今までふざけていたとは思えない、真剣な眼。


「いつも、俺たちを支えてくれて…ありがとう」


「…は、」


思考が止まった。
こいつら、何してくれてるんだ。何のサプライズ?


「いつも俺たちのサポートをしてくれて、感謝している」
「お前がいなければ、俺たちはここまで来ることは出来なかった」
「そうっす。だからこれは俺たちからの、」
感謝の証、ですよ。



赤也から手渡された包みに、じわりと視界が歪む。


「泣くなって
「うっさいジャッカル…あんたも泣きそうなくせして」
「はは、相変わらずは泣き虫さんじゃの」
「ホントだっつの。ほい、仕方ねぇから俺のハンカチ貸してやるぜぃ」
「笑ってください、さん。私たちは貴女の笑顔が好きなんですから」
「…柳生ううう!」



まったく。
なんということだろう。


(本当に、こいつらは…!!)



助けてもらったのは、支えてもらったのは、私のほうなのに。
あんたたちが頑張っているから、私も精一杯支えたいと、追いつきたいと
そう思って、駆け抜けて来たのに



「馬鹿!大好きだ!!」











***











赤也が「早く寝ねーとサンタさんがプレゼントくれないんで!」とか言って
幸村とともに部屋に引っ込んでから、しばらくの間。
私たちは幸村からのメールを待ちながら、真田と柳生の部屋で談笑していた。


「…まったく、誰よ。あんなの考えたの」

何となく気恥ずかしくて、拗ねたように尋ねる。
するとそこにいた全員…赤也と幸村を除くみんなは、小さく噴き出して。
口を揃えて、「赤也だよ」と言った。


「…え、」


私たちが、また卒業してしまうから
今度は大学と高校と、今までより大きく開いてしまうから

「だから、今のうちに出来ることをしたいと。切原君が、相談してきまして」


…確かに大学では、中学や高校のように部活が強制ではなくなる。
つまり、根を詰めて部活動に勤しむ必要がない訳で。
(…赤也は、不安になったんじゃないだろうか)

私が、マネージャーを辞めるのではないかと。
先輩たちが、もっともっと遠くに行ってしまうのではないかと。



止まったはずの涙がまた零れそうになった時、ようやく幸村からメールが来た。
お互いに目くばせをして、私は部屋から持って来ていたプレゼントを手にする。
…これは、私の手で彼の枕元に置こう。

そっと扉を開けると、唇に指を当てた幸村がそっと微笑んだ。
ひとり夢の中の赤也は、年相応…というよりも、年齢よりだいぶ幼く見える。
それはきっと、彼の寝顔が出会ったあの頃と変わらないから。




「メリークリスマス、赤也」




可愛い可愛い、ミニサンタ。
君の喜ぶ顔が目に浮かぶよ。

明日の朝彼が目を覚ましたら、一番先に。
彼がもっと喜ぶ、一言を言ってあげよう。




『          』