「ぐ…っ、この俺が、貴様に負けるなど…!許さん、許さんぞ勇者ァ!!」
「へっ、これで終わりだ!魔王覚悟おおおおおおお!」


「…なにしてんの、あんたら」

ドアの向こうは、魔界でした。








      例えばそんな話。








わたしの足元に放り出された聖剣(注:モップ)。
真っ赤になって机と教卓のかげにそれぞれ隠れている勇者と魔王(注:丸井と仁王)。
返事が返って来ないので、わたしはもう一度問う。


「なにしてんの、あんたら」
「イ…イリュージョンの練習ナリ」「そ、そうそう!」
「魔界ごっこだそうですよ」「「柳生ううううううう!」」


笑顔で代わりに答えてくれた柳生は、廃棄しようと教室の隅に畳まれていたカーテンを身にまとっている。


「で、柳生は何?」
「僧侶です」
「ドラクエか」
「回復呪文が得意です」
「ええーレーザービームは出さないんだ」


仁王と丸井はかげから出てくる気配もないので、仕方なくわたしは自分のロッカーに向かう。
辞書、辞書。


さんは部活に入っていませんでしたよね、お忘れ物ですか?」
「うん辞書忘れた。明日英語当たるから、いい加減課題やらないと」
「課題は毎日やるものですよ、さん」
「あーはいはい。その格好で言われても説得力ないよ柳生」

自称僧侶に、課題について説教をされるなんて、相当シュールな光景だ。


「…ん?そういえばあんたらだけ?他の部員は?というか部活は?」

確か、隣のクラスの真田もテニス部だったはずだ。
さっきすれ違ったような気がしないでもない。

「今日は部活休み」

ようやく恥ずかしさから復活したらしい丸井が、わざわざわたしの机の上に腰掛けながら言う。

「へー、部活休みの開放感から、思わず魔王退治に出たってわけ」
「やめろなんかとてつもなく恥ずかしいから」
「今更」

仕返し、とばかりに、奴はわたしの鞄からお菓子を取り出して食べ出しやがったので
わたしは諦めて、文句を言う代わりに丸井の机の上に座ってやった。


「しっかし、どういうチョイスなのそれ。丸井が勇者で仁王が魔王とか」
「言い出したのは丸井じゃ」
「でも魔王やりたいっつったの仁王だろ!」

お互いに恥ずかしいことをしていたのも忘れ、あーだこーだと言い合いを始めている。

「いや、どっちがどっちだってどうでもいいんだけど。
あっでも丸井も仁王も勇者っぽくない気がする」
「なんでだよ」
「柳生は僧侶適役だと思うけどね」
「ありがとうございます」


うわあ、すごい嬉しそうな顔された。


「勇者は真田っぽいよね。全部の職業窮めてそう」
「参謀は賢者じゃな」
「ああ、わかる。ザオリクとか余裕で使えそうじゃね?」
「桑原くんは…あっパラディンとかどうだろう、いつも丸井の身代わりしてるし」
「いくらなんでも可哀想ですよ、さん…」


盛り上がってきた所で、突然教室のドアが開く。
「あー、先輩たちここにいたんスか」
「おっ、赤也じゃん」「後輩くんじゃない」
「ずいぶん楽しそうでしたけど、なに話してたんすかー?」
「ドラクエの職業について」「ぜよ」

面白そう!と目を輝かせた後輩くんは、「俺も参加するっす!」なんて椅子に座り込んだ。


「とりあえず、丸井は笑わせ師じゃろ」
「うるせ、仁王は魔法使いでもやってろ」
「切原くんは…フライングデビルでしょうか」
「ちょっとそれ職業っつーかモンスターじゃないっすか!」
「まものの心拾ったのかよ」「ありそうじゃな」


あれこれと職業を挙げていくわたしたち。
と、後輩くんが開けたドアの向こうに、見たことのある姿を見つけた。



「あ、ゆき」


「ぶちょーは職業よりも魔王っぽい感じしません?」


「えっ、ちょっと」


「あー確かにの」
「イオナズンとかマヒャドとか、超強力な攻撃系呪文唱えてそうだよな」


「ねえねえ」


「こちらの防御力がゼロになりそうですね」


「あの、」


「なんだよ
「後ろ」




わたしは、彼がそこに現れた時からその表情を見ていた訳だけれども。
後輩くんの一言目から、見事に表情を凍りつかせた彼は
とても美しい笑みを浮かべて、その場所に立っていた、のである。


…彼の背景に、「こごえるふぶき」が見える。




揃って振り向いたテニス部の面々は、その視線の先に彼を捉えた。



「ゆ、幸村く…」
「幸村ぶちょー…」


「フフ…なんだか面白そうな話をしてるね。俺が何だって?」
「え、あ、いや…」
ちゃん、何だって言ってた?」
「魔王だと申しておりました幸村隊長」
「裏切り者!」

慌てた様子で教室の隅に集まる彼らの前に、立ちはだかる幸村。
その様子はまさに、


ちゃんまで、酷いこと考えていたりしないよね?」
「いえまさかとんでもございません」
「そう、それならいいけど」

幸村がこちらにちらり、と視線を向けている間に、




「よっしゃ、行くぜぃ!」
「アデュー!!」
、後は頼んだぜよ」
「よろしくっス!」



まるい たちは にげだした!







その後姿を目だけで見送った幸村は、ぽつりと何かを呟く。

「…ザラキーマ」












…聞かなかったことに、しよう…!






例えばそんな話。
     (まるい たちは ぜんめつ した!)