私の席から、ひとつ椅子を挟んで隣にいる、彼。
いつもは少し退屈そうに細められている瞳が、今日はしっかりと閉じられているのを見て
私は気付かれないよう、ほんの少しだけ笑った。








   狐と狸の、








今までなら、目を閉じているのは私の方だった。
というよりも、目を閉じた「ふりをしていた」と言った方が正しいか。


何も言わずに隣に座っている彼に気付いてから、
私は全く眠れなくなってしまったんだ。



鮮やかな赤色の髪
いつも噛んでいる青リンゴのガムの香り
学部でも噂の彼は、大抵退屈そうに講義を受けている。

彼の瞳が生き生きとするのは、同じサークルらしい友人たちと一緒にいる時。
学部が違うんだろう、講義でほとんど見かけない彼の友人たちも、
とても目を引く外見をしている人ばかりだ。
附属の高校から進学してきた友達が言うには、彼らはものすごく有名らしい。
…私は、まったく知らないけれど。


なんにせよ、そんな有名人のひとりである彼(名前すら知らない)が隣に座るようになってから、
私は眠るに眠れなくなってしまったのである。
日当たりも良く、教員の目も届かないこの場所は、
確かに生徒にとってはベストスポットなのだけれど。



暖かい日差しに、一番初めの時のことを思い出す。
そうだ、あの日は暖かさに負けて居眠りしていたんだ。
目を覚ましてふと隣を見ると、鮮やかな赤色が目に入った。

(まつげ、長いなあ)
 (それに、綺麗な顔してる)
(あ、今日は青リンゴじゃないんだ)
 (だから不機嫌そうなのかな、)

机に伏せながら、私はいつの間にか隣に座っていた彼をぼーっと見ていた。

すると、しっかりと黒板を見つめていた彼が、私の視線に気付いたのかどうか
ふ、と視線を彷徨わせて。

その視線が私を捉えるより先に、慌てて目を閉じる。
しばらくして薄目を開けてみると、彼はどうやら気付かなかったようで
また黒板を退屈そうに見つめていた。


そしてその時から、寝たふりを続けざるを得なくなったわけですが。




(今日は、ゆっくり見ていられるな)

眠っているのをいいことに、講義も聞かずに横目で彼を見る。
いつもと同じ青リンゴの香りが柔らかい陽の中に漂ってきて、
なんだか穏やかな気分だ。

ふわあ、と大きな欠伸が出る。
瞬間、




椅子が小さく軋む音
驚いて閉じた口の中に広がる、甘酸っぱい青リンゴの味



「え、」

思わず零れた声を、慌てて咳払いで誤魔化すと。
さっきよりも近くなった甘い香りの持ち主が、手を伸ばして私のシャープペンを握る。



 今日はちゃんと起きてるから、ご褒美な。



さらさらと紡がれる言葉に、口の中に放り込まれたものの正体を知った。
そして、それと同時に気付く。

(お、起きてたんじゃない…!!)





隣を見る勇気が出ないままに、終業を告げるベルが鳴る。
3つ並んだ椅子、不自然にいちばん右端が空いている席。
食堂や購買に急ぐ、他の学生たちは気付いたんだろうか。



真っ赤になった私と、楽しそうに笑っている彼に。






They are trying to out fox each other.
     (きつねとたぬきの ばかしあい!)