「ひっく…う…ぐすっ…」

背中で聞こえた泣き声。
あたしは聞こえない振りをして目を閉じた。








   背中を追って








切原部長がいないんです。
後輩の焦ったような声が、まさかの事態を告げた。

「ったく、あの馬鹿…!!」

後輩たちに「探してくる」と一言残し、あたしは慌てて部室を出る。

「なんで、よりによって今…!!」









立海大附属中学校卒業式───

体育館の入り口に粛然と掲げられた看板を、彼がじっと見つめていたのは昨日のことだ。
練習だって上の空で、日誌はいつも以上に誤字・脱字のオンパレード。
やっぱり赤也も淋しいんじゃない なんて言ったら、んなわけねーじゃんさっさと帰れ と部室を追い出された、彼の鞄と一緒に。

…様子がおかしいことはわかっていた。けれどもあたしは、彼を追及することをしなかった。


淋しいという感情を見せたくないのだろうと、そう思ったのだ。
彼───赤也は、その感情を出すことを酷く嫌がっていたから。



卒業おめでとうございます という涙混じりの声
それに対してありがとう と優しく答える声
あの先輩とも今日でお別れか なんて残念そうな声
体育館の出口で溢れるいろいろな声の中で、あたしは聞き慣れたあの声を耳だけで探す。

(…いない、よね)

はぁ、と溜め息を吐く。それとほぼ同時に、誰かの手が肩に置かれた。

「やぁ
「ぎゃっ!?…や、柳先輩…っ」

…見つかってはいけない人、だったかもしれない。


「そろそろ赤也を探しに来る頃かと思ってな」
「そうなんですよ馬鹿也を〜…って、柳先輩知ってたんですか?」
「俺がさっき赤也を見かけてね。柳に言ったら逃げたんだろうってことで、ちゃんが来るかなぁって」

そう言って、幸村先輩が柳先輩の後ろから顔を出す。

…いや、幸村先輩だけじゃない。真田先輩に丸井先輩、ジャッカル先輩、柳生先輩、仁王先輩…
「せ、んぱいがた」


胸にリボンを付けた、大切な大切な先輩達が、
揃って苦笑を浮かべながらそこにいた。


「こんな日にまでちゃんに探させるなんてね」
「まったく…たるんどるのぉ、赤也は」
「っ、仁王!」
「本当に、たるんでいますね」
「柳生まで!…う、うむ。たるんどるな」
「制裁必要なんじゃねぇ?ジャッカルに」
「何で赤也の制裁が俺なんだよ」


何もかも知っているように、笑う。


「赤也はわかりやすいんじゃよ」
「あいつ見ててわからねぇ奴はいないだろぃ」


あんなにも必死になって赤也が隠しておこうとした感情を、知り尽くしているように、笑うんだ。



「赤也が屋上にいる確率、98%というところか。連れ戻すのはが適任だな」

柳先輩が、微笑んだ。
苦笑ではない。優しい、優しい笑み。
「…え…?」
「連れてきてくださいますか、さん」
「俺たちは先に部室に行っている」
「頼んだぞ、

いつの間にか、先輩達は苦笑を浮かべてはいなかった。
代わりに浮かんでいたのは、優しい笑顔。


まるで、小さないたずらっ子のような。
それでいて、ほんの少し心配そうな。
そんな笑顔だった。




「…行ってきます!!」





(…いつからだろうか、この人たちに追いつきたいと思い始めたのは)
     (あたしも彼も、ずっとこの背中を追いかけていた)