先輩と追いかけっこをした廊下を進み

赤也と一緒にふざけて怒られた階段を上り

みんなでお昼を食べた、屋上への扉を開く。


そこにはもちろん、彼の姿。








   背中を追って








「…赤也」

あたしの声にも反応せず、赤也はこちらに背中を向けたままフェンスに寄りかかっていた。

「ねぇ赤也」
「…」
「赤也ってば」
「…うっせぇ」
不機嫌そうな声。
最近よく聞いていた声だ。
あたしは気にせず赤也のもとへ行き、彼の背中に寄りかかって空を見る。

「重いっつの」
「淋しいんでしょう?」
「別に」
「そろそろ認めなって」
「はぁ?」
かみ合わない会話。

「何しに来たんだよ」
「赤也を探しに」
「…戻れよ」
「連れてくって約束したからね、先輩たちに」
「…」
「だから、赤也がここにいるならあたしもここにいる」


それっきり赤也は何も喋らなくて、
仕方無しにあたしは目を閉じて下から聞こえる微かな声に耳を傾けた。





まだ少し肌寒い風が吹く。
やけに暖かい背中が何を考えているのか、あたしにはわからないけれど。


「あたしは、淋しいよ」

ぽつり、と零してみる。


「ここでさ、みんなでお昼食べたよね。丸井先輩と赤也に卵焼き取られたっけ」
「…そうだな」
「それに、雨降った日の部活で赤也たちが校舎内走ってた時。
仁王先輩は消えるし、丸井先輩も"腹減ったー"とか言って消えるし」
「結局探し回ったお前が1番走ってたよな」
「…あれっきり、探しに行くのはやめたけどね」

背中越しに、赤也が笑う声。

「そういや、先輩たちが引退してから、俺とで3年の教室行った時あったじゃん」
「あー、あったねそんなことも」
「お前、真田副部長に正面衝突したよな」
「げ、んなことまで覚えてなくていい!結局2人して怒られたでしょ!」
「けどさー、あれは真田副部長が悪くねぇ?」
「うん。真田先輩が教室に戻って来たの予鈴鳴ってからだったから、焦ってたんだよね」
「真田ふくぶちょー、たるんどる!」
「あはは、似てないよ」

ひとしきり笑って、あたしは「でも、」と続ける。

「先輩たちがいなくなるのももちろん淋しいけど。
…赤也が、頼ってくれなくて、淋しい」


背中で、小さく息を呑む音がした。


「赤也には、先輩との思い出がたくさんたくさんあるでしょ?あたしよりも、もっと」
「…」
「淋しくないはず、ないよ」

震える、肩。

「ね、赤也。何か話して?」
「…何を、」
「何でもいいよ。赤也が思ってること、何でもいいから少し分けて」


再び落ちる沈黙。
やっぱり駄目かな…と思っていると、「俺さ、」と呟く声がした。

「全然、わっかんねーの。幸村部長がどんだけ苦労してたのか、
柳さんがどーやって練習メニュー組んでたのか、ジャッカル先輩がなんであんなにお人よしなのか、」
「う…ん?」

…最後のはちょっと違うような。


「まだ三強倒せてねーし、それなのに先輩たちみんな卒業しちまうし、」
だんだんと、嗚咽交じりになっていく声。
「今まで先輩たちがやってたこと、俺がやらなきゃなくなる、だろ」
「…うん、」
「いつまでもこのままじゃいられねぇ、けど…」



ああそうか、彼は。



「不安、なんだ…っ」


先輩たちのいなくなったこの部を、引っ張っていかなければならないという重圧。
彼は、それと戦っていたんだ。



"大丈夫"、そんな言葉じゃ軽すぎる気がして
"あたしがいるじゃない"、なんて陳腐な言葉では励ませないような気がして
あたしは、何も言えずにただ赤也の背中に寄りかかったまま、彼の嗚咽を聞いていた。



嗚咽が聞こえなくなってからもしばらく、彼はそのままの姿勢で何かを見つめていた。
不思議に思って振り向こうとすると、背中から聞こえる、声。


「…強く、なりてえ」
「え、」
思わず、振り返る。


泣き腫らしたように、赤くはなっていたけれども。
赤也の瞳は、もう不安げに揺れてはいなかった。


「強くなりたい」
「負けないように、もっともっと」
「強く…なってやる」


強い光を宿した、その瞳。
その視線は、確かに未来へと向いていて。



(…なんだ、)

大丈夫。
彼は、ちゃんと、前へと歩いているじゃないか。



「わ、」

突然背中の支えを失って座り込むあたしを、見下ろす赤也のニヤリ顔。


「な、にすんの!」
「先行くぜ、先輩たち待ってんだろ?」



駆け出す背中を追いかけようと、慌てて立ち上がる。


「ちょっ、赤也待ってよ!」
は、」


まだ少しだけ不安そうな背中は、数歩先で立ち止まって呟く。

「お前は、ちゃんとついてきてくれんだろ?」



返事の代わりに、その背中を叩く。
瞬間伸びた背筋に少し笑って、あたしは赤也を追い越して走り出した。




さあ赤也。
ついてきて欲しいなら、先に立って走りなさい!






背中を 追って