今日もまた、朝練で一日が始まる。
その練習を終えて教室へ向かうために、部室で着替えをしていた時のこと。
「日吉、お前に会いたいって女が来てるぜ」
オレのその言葉に、日吉は心底嫌そうな顔をした。








   奴の彼女は…







「…向日さん、変なのは入れないでくださいよ」
日吉に溜め息を吐きながら言われて、オレは「でもよー…」なんて我ながら歯切れの悪い答え。
「俺はそういうの全力で拒否しますから」
そこで仕方なく了承の返事をして外にいる少女にその旨を言おうとした、んだ。
「…あれ」
日吉より一足先に着替えを終えて部室を出て来た鳳の驚いた声が、オレを止める。
「あ、おはよう鳳くん」
ちゃんじゃない!」


…瞬間、日吉は慌てたように部室を飛び出して来た。


「何だ、結局日吉の知り合いだったんじゃねぇか」
言いながら、跡部が荷物を持って出てくる。正確には樺地に荷物を"持たせて"。
外では、珍しく日吉が焦ってその子を問い詰めている所。
…っ、なんでここに…!!」
「おはようわかくん。おばさまから、わかくんの忘れ物を預かって来たの」




『わかくん=日吉』




その等式を浮かべてしまった俺たちは、一瞬にして爆笑だ。
「おはようございます先輩方、朝からお騒がせして申し訳ありません」
そう言ってにこやかに笑う彼女は、"知り合い"よりも日吉に近しい奴、らしかった。


「はい、お弁当。今日はおばさまの自信作らしいから、絶対に届けるって約束したの」
「はぁ…悪いな。あの人もにわざわざ頼まなくても…」
「ううん、私から言ったんだ。だからおばさまのせいじゃないよ」
そんな会話をしている日吉は、いつもと違って微かに笑みを浮かべている。
「嬢ちゃん可愛いなぁ。名前、なんて言うん?」
…いや、確かに可愛いけど…って、そうじゃなくて。
(…空気読めよ、侑士!!)
オレでさえも言いたくなったんだから、日吉も当然不機嫌そうな表情に早変わり。
「…忍足さん」
「何や」
数秒間の、無言の応酬。
…が、突然終了した。

「…やめろよ、
「わかくん、忍足さんは先輩でしょ?」
言われた日吉は…もう、なんつーか…とにかく驚いた顔だ。
でもそれはこっちも同じ!何せ…


(((日吉の頬を抓るなんて…強い!!)))


「ぶっ…!!」
「くっくっく…!!」
やべー、跡部がここまで笑ってるのってすげー貴重だ!
あーでも、日吉のこんな顔も初めて見たなー…
「クッ…お前、気に入ったぜ。俺様の物になれよ」
こう言うってことは相当気に入ったんだな、この子のこと。
「お断りします」
ぷ、即答されてやんの。しかも断られるとは思わなかったのか硬直してるしさ。
なんか今日はいろいろ珍しい物見た気がするぜ!跡部の爆笑とか日吉の笑顔とか…

なんて呑気に考えていたオレ。だけど、次に続いた言葉にオレたちまで固まることになる。




「私にはわかくんがいるので」




「はあっ!?え、お前ら…えぇ!?」
「許さへんで、日吉!先輩を差し置いて…」
対する日吉はニヤリと満足げに笑う。…日吉ってこんな奴だったか?
「ひ、日吉…お前と、この子は?」
興味半分で聞いてみた。
「幼なじみ、ですよ〜。付き合ってる訳ではないですが」
「幼なじみか、そら俺らにも勝ち目は「正確に言えよ、

…何だ、この含みのある言い方。

「え、ちょ…それって」
「先輩たちを止めるにはそれしかないからな」
オレの質問に困ったような笑顔を浮かべていたその子…""ちゃんは、一転して真っ赤になる。
「なんや、それ?」
「それって…」
「えっと…あの、ですね…


っ、やっぱ無理!恥ずかしい!」

「俺の"妻"です。
それじゃ、お先します…行くぞ、



「「「はぁぁ!?」」」



「ちょっ、わかくん…!!まだでしょ?あぁぁ、訂正させてー!」
ちゃんが日吉に引きずられて行くのを見ながら、オレらはたっぷり五分くらい固まっていた。


「…あれ、ほんまに日吉か?」
「…激ダサ、だぜ…っ」
「あぁ、ちゃんが絡むといつもこうですよ、日吉は」
「…ウス」
思いがけない鳳(と樺地)の言葉に、復活しかけてたオレたちがまたフリーズしちまったのは…まぁ、別の話だ。



奴の彼女は…?
(あれ、結局どういう関係だったんだ?)






*おまけ

「え、鳳くんも訂正してくれなかったの!?」
「訂正すると後からいろいろと恐いからさ(日吉はもちろん忍足さんとかも、ね)」
「…ただの小さい頃の約束だってば…」
「でも一応許嫁なんでしょ?」
「そうだけどー…」
「しかもちゃん、"まだ"って自分で言ったよね」
「…!!」








―――
強引日吉と許嫁。
絶対日吉は彼女を甘やかしそう。
ツンデレだからそうは見えなくても、彼としては甘やかしてるつもりなのです。