「おはよう!日吉くん!」
「またお前か」
「今日も華麗にスルーだね!好きだ!」
「お前も華麗にスルーだな」








   モーニング・ラブ・コール








「…毎日、よく飽きないね…」

騒々しい奴を放置し、教室へ向かう。
鳳の言葉に「まったくだ」と頷くと、後ろから駆け寄ってくる足音。
もちろん俺は、次にすべきことを即時に判断して避ける。
と、目の前をスライディングしていくその姿。


…ああ、今日もか。というか、いい加減学習しろよ。


隣で鳳も同じことを考えたらしく、苦笑して"それ"を見送っていた。



「うわあああああん酷いよ日吉くん!何で避けるの!?」
「命の危機を感じる。何よりいつまでその体勢でいるんだ」
「日吉くんが手を引っ張って起こしてくれるまで!」
「鳳、行くぞ」
「あっ、うん…」「えええええ!?」



これが、ここ最近の朝の風景だ。






"それ"は、というらしい。
らしい、というのは、あくまでも本人の自称だからだ。
俺と反対方向のクラスだからと、昇降口で待ち伏せをしていたのは
もう二週間ほど前のこと。


「日吉若くん!」
「…?」
「おはよう!好きです!」
「……は?」
「今日は初日だしこれで!じゃ!」

それだけ言って、走り去っていく後ろ姿を
俺は呆然と見送るだけだった。


そして、それから。
次の日も、その次の日も、
彼女は「おはよう」と「好き」を言いに毎朝やって来る。
最初は驚いていた俺もいつの間にか慣れてしまって、
一週間を過ぎた頃から軽くあしらうくらいにはなっているんだが…





「不思議な子だよね、さんって」
苦笑を浮かべたまま、鳳が言う。
「不思議というか、変だろ。あいつは」
「変かなあ、」
「変だ」

そう、彼女は"変"なのだ。
朝の昇降口以外、彼女に会うことは全くない。
昼や休み時間でさえも、クラスまで会いに来たりだとかはしないのである。


「俺、この間初めてさんを学内で見たよ」
「…そうか」
「体育でバスケやってた。…そういえば、さんって何部なんだろ?」
「さあな」
「バスケ上手だったし、バスケ部なのかな」
「さあな」
「…日吉」
「さあ…っ」


流れでしかけた返事を慌てて飲み込むと、鳳は珍しく笑い声をあげて
「日吉は素直じゃないよね」などとのたまった。

「…うるさい」
「気になるなら聞いてみればいいのに」
「うるさいって言ってるだろ」
怒るも、奴は「はいはい」なんて流して、宍戸さんの元へ行ってしまった。


残された俺は、靴ひもを結び直して部室へ戻り、




…その場にラケットを忘れたことを、よりにもよって跡部さんに指摘されるという
失態をおかすことになる。





鳳が爆笑しているのを見て、今度試合でボコボコにしてやる…なんて
少し物騒なことを考えたのは内緒である。











次の日の朝。
いつものように朝練を終え、昇降口へ向かう。
靴箱の前に立つと、毎朝恒例の。


「日吉くん、おはよう!」
「…毎朝、よく飽きないな」


  『日吉は素直じゃないよね』


今日は隣にいない奴の言葉が蘇る。

「そりゃあね!日吉くんのおかげで、毎朝目覚めが良いんだよ。
…ということで。好きだ!」

じゃね、と、いつかのように駆け出すその姿に、慌てて声をかける。




!」



俺の声に、彼女は驚いたようにこちらを振り返り…


勢いよく、廊下の柱に衝突してひっくり返った。



(何で走りながら振り向くんだ…)
ため息とともに、笑いが込み上げる。
…なんで、こいつはこんなにも一生懸命なんだ。


が立ち上がる前に、手を差し出してやる。
何が何だかわからないような顔をして俺の手を掴む彼女。
その手を引っ張って身体を起こしてやると、は真っ赤になっていた。


「え、な、どうした、の?」
「俺が手を引っ張って起こしてやるまでそのままでいられたら困るからな」


さらに真っ赤になっているのを見て、楽しくなってくる。


「そういえば、

手を掴んだまま、言ってやる。

「ずっと言われっぱなしじゃ悔しいんだが」
「な、なななな何を…?」
「…。お前のことが、」
「ぎゃあああああああああああ!!」


恥ずかしさが、限界点を超えたらしい。
絶叫しながら逃げられてしまった。

ぽかーん、と俺との背中を見つめるギャラリー。
加えて、

「日吉…さん、どうしたの…?」

引きつった笑みで問う鳳。今更の登場だ。
その肩を、ポンと叩いてやる。

「明日からが楽しみだ」
な、鳳?
「…日吉、やっぱり素直じゃないよね」
呆れたように笑った奴は、「さん、可哀想…」と呟いた。






Morning Love Call!
     (恥ずかしくて会いに来ない?知るか、そんなの)










「ぎゃああああ日吉くん!な、なに?どしたの?」
が来なくなったからな。お迎えだ」
「心臓持たないのでやめてくださいお願いします」
「…そんなのでよく毎朝会いに来たな」
「…いや、最初は顔覚えてもらうために挨拶だけする予定だったんだけど。
勢いあまって告白しちゃったから、せめて朝だけは会いに行くの頑張ろうと思って」
…実は、目覚めがいいというよりも緊張して目が覚めてたんだよね。
「…っ、まったく…そういうところがす「うわああああああストップ!ストップ!!」



(…なんか俺、すごく空気が読めない人みたいじゃないか…)

死んだ魚のような目で、隣の奇妙なカップルを見つめる鳳の姿に
全レギュラーが同情したそうな。