「いや、なんでそんなに怒るのよ?わけわかんない」
「馬鹿にしてるだろお前」
「勝手にイヤホン分捕っといて何を言う」




   マッシュルーム




知らないうちにあたしの部屋に侵入していたひよが、
あたしの耳からイヤホンを引っこ抜いたのが始まりだった。


「何聞いてるんだ」
「え、いや、ちょっうわああああ」


ついでにプレーヤーを奪って、自分の耳に付ける。
…馬鹿ひよ、なんてタイミングなの。
案の定、ひよの眉間には一瞬にして深い皺。

「…おい、なんだよこの曲」


さっさと外したイヤホンから、ひたすら連呼されるきのこの名前。
…この曲聞いて何が悪いのよ、まったく。

「文句言いたげな顔してるね」


どんどん不機嫌な表情になっていくひよを見ながら、あたしは深くため息を吐いた。
まったく、なんでこの馬鹿はこんなにも髪型を気にするんだ。(気になるなら変えればいいのに、)


「なんでそんなに怒るのよ?わけわかんない」
「馬鹿にしてるだろお前」
「勝手にイヤホン分捕っといて何を言う」


むっつり黙り込んだひよは、ちょっとやそっとじゃ機嫌が直らないから困る。
…面倒な奴。でもなにが困るって、こんなひよが可愛いと思ってしまう自分だ。


「ねえひよ、その曲しっかり聞いた?」
「…聞くわけないだろ」
「やっぱりねえ」

苦笑して、もう一度イヤホンを手渡す。

「もっかい、ちゃんと聞いてみてよ」



渋々、といった感じでイヤホンを付けるひよ。
歌詞を聞き取ろうと必死に耳を澄ます彼を見ながら、あたしは笑いを堪えていた。





・・・


たっぷり聞いた後、ひよはうんざりといった表情でプレーヤーを放り投げる。

「どう?」
「ひたすらマッシュルームの魅力について語ってる曲に感想なんかあるかよ」
「うん、だろうね」

堪えていた笑いがとうとう我慢できなくなって、噴き出してしまった。
馬鹿にされたと思ったのか、ひよは呆れた顔で「帰る」なんて背を向けて。




「ねえ、ひよ」

そんな背中に、声をかけるあたし。

「…何だよ」

ちゃんと返事を返してくれるあたり、本当の本当に怒っているわけじゃないって分かる。

「あたしがその曲好きな理由、分かる?」
「分かるはずないだろ」
「さっきひよが答え言ったのにな」
「…?」


ふふ。
止まったはずの笑いが戻ってきてしまった。
…彼はこれを聞いたらどんな表情をするんだろう?
(多分、そう)




「分かるはずない、だろ…っ」

さっきと同じことを言って、ひよは背中を向けたまま動かないけれど。
込められている意味が違うことは、その真っ赤な耳を見ればよく分かる。


「"ひたすらマッシュルームの魅力について語ってる曲"だからに、決まってるじゃない」

あえて言えば、びくりと震えるひよの肩。

「〜っ!!」


うわあ、もっと真っ赤になった。


「ひよってば可愛いなあ。食べちゃいたい」
「…馬鹿かお前は」



ため息を吐いて振り向いたひよは、相も変わらず呆れたような表情をしていたけれど
一瞬にしてにやりと笑うと「普通逆だろ」なんて言い放つ。


(ああ、まったくこの人は)


食べ始めじゃわからないものね。
噛めば噛むほど味が出る、って言ったかな?
1日3回でも、まだ足りない。
もっともっと、その味の深さを知りたいの。






 マ ッ シ ュ ル ー ム
(中毒だってお構いなし、)