あたしの苦手なもの3つ。
毛虫、勉強、


お兄ちゃん。




   I love you baby!




、起きてください」

心地良い眠りの世界に、何処からか声が届く。
それを言語として認識するより先に、あたしは光の速さで抱き枕を掴み…
目を閉じたまま振り抜いた。



ぼふっ、というくぐもった音、確かな手ごたえ。
そして「…何をするんですか」という不貞腐れたような声が、
あたしに部屋への侵入者の存在を告げる。


「…いい加減にしてよ、ヒロ兄」






柳生比呂士。
立海大附属中テニス部レギュラー、"紳士"と呼ばれる男で…
残念なことに、とても残念なことに(ここ重要)…あたしの、実の兄でもある。


顔は…まあ、イケメンの部類だろう。(バレンタインにはうちのなかにチョコが溢れるし)
勉強も悔しいことに出来るし、もちろんテニスも上手い。
だけど違うんだ。問題はそこじゃない。





「ほら、寝癖が付いていますよ。…ああ、これならばすぐに直りますね。
ブラウスにアイロンをかけておきましたから、」
「あああもう、うっさああああい!!」



妹であるあたしに、やたらと構いすぎるということなんだ!!











***











「いいじゃない、優しいお兄さんで」
「いや、優しいとか優しくないとかじゃなくて…甘やかしたがりっていうか」


はあ。
いつものように友人に愚痴を零すけれど、さらりと流される。

彼女はうちのヒロ兄を見たことがないからこうなんだ。「立海大附属中の有名人」くらいの
認識だから仕方ないよね、きっと。


「…毎日思うんだけど、のお兄さんもよく違う学校通うこと許したよね」
「最初は反対したけど、"立海より制服が可愛いんだよ"って言ったら即賛成してくれた」

もちろん制服が届いた日は、ヒロ兄がカメラ片手に騒ぎましたとも。

「地獄だった…!!」

思い出して呟けば、ようやく彼女が「大変だね…」と同情してくれた。



…そう。ヒロ兄はとにかくあたしに甘い。
あたしが起きる前からブラウスやハンカチにアイロンをかけ、
余裕がある時には母さんが作ったおかずをあたしの弁当箱に詰めたりもしていたりする。
というか、その余裕を作るために毎日自分の用意を急いでるみたいだけど。
「彼女にやってあげればいいのにね、」なんて母さんも苦笑してたっけ。



彼女。
ヒロ兄はどうやらモテるらしいのに、彼女が出来たとかいう話も聞いたことがない。
前に「彼女いないの?」と聞いたら、上手く誤魔化されてしまったし。





「…気になるなあ」

ぽつりともらした呟きに、友人が首を傾げる。

「なにが?」
「あいつに彼女がいるのかどうか。噂も聞いたことないし…」
「確かめてみればいいじゃない」
「いや、だって聞いても誤魔化されるから、」
「私立海に友達いるから、制服貸してもらおうか」




…彼女の爽やかな笑みが怖いと、あたしは心底思ったのだった。











***











「ちょ、やっぱり無理だよ!バレるって!」
「なんのための変装なの?いいから隠れてないでこっちに来る!」


それから数日後、土曜日。
あたしと友人は立海の制服に身を包み…立海大附属中の敷地にいた。
何のためって?もちろん、ヒロ兄に彼女がいるのか突き止めるためだ。(友人の脅迫によるなんて言えない、)


テニスコートの周りにはなにやら人だかりが出来ている。
噂には聞いていたけれど、こんなに集まってるなんて。
これなら、どこかにヒロ兄が想いを寄せてる人だっているかもしれない。
ぐるっと辺りを見回していると、友人があたしの手を勢いよく引っ張った。

「ほら、行くよ!」
「え?ええええええ!?」

ぐいぐいとあたしの手を引っ張ると、彼女は人だかりの中へと突進していく。

「すみませーん、ちょっと通りまーす」
「ま、待ってってば!本当に、」



言いかけた言葉は、

不意に聞こえた、空気を切り裂くような音で掻き消えた。




「レーザー、ビーム…」

偵察に来ていたであろう他校の生徒が、ぽつりと呟く。
まぎれもなく、あたしの兄である柳生比呂士の技だ。
日朝を毎週楽しみにしているヒロ兄が、自分の技名を自慢げに話していたことを思い出す。

「ヒロ兄…」

コート上を駆けるヒロ兄を、見つめる。
ここからは少し遠いその場所が、ヒロ兄のいちばん大好きな場所なんだって、あたしは知ってる。
…やっぱり、悔しいけれど。

(うちのヒロ兄、かっこいいわ)

というか、実の妹であるあたしがこうなんだから…周りの女の子たちは…


「きゃああああ!柳生せんぱい、カッコいい!!」
「比呂士せんぱーい、素敵ー!」


…おおう。さすが。(え、ちょっ…ファンクラブとか聞いてないよ、)

「…のお兄さん、カッコいいね」

興味がなかった友人でさえこれだ。すごい威力。



こんなに人気がある(知らなかったよ…家の中ではああだから)のに、彼女がいないなんてやっぱり妙だ。



「柳生くん、カッコいいのにね」
「あれで…じゃなきゃね…」
「そうよね…」


苦笑しつつの言葉が後ろから聞こえてきて、あたしは後ろに意識を集中する。
くん、と呼んでいるということは、このお姉さま方はヒロ兄と同い年なんだろう。
何、じゃなきゃ…?肝心なところが聞こえなかったよ。

「あの、」
コートに背中を向けて、お姉さま方に声をかけようとした時、だった。

きゃああああ!
さっきまで「柳生せんぱい」と騒いでいた女の子たちの、黄色い歓声が上がる。
またヒロ兄が何かやらかした、の………




「…ここで何をしているんですか、?」



見 つ か っ た … !!



「え、あああのねヒロ兄、これには深い訳があって、」
「そこまでして私に会いに来たかったんですか?私に言ってくだされば、立海の制服なんて簡単に
手に入れたのですが…やはりには立海の制服も似合いますね、後で写真を撮らせてください。ああそうだ、
せっかくここまで来たのですから、一緒に帰りましょうか。お使いも頼まれていましたから、スーパーに」
「いい加減にしてえええええ!」



さっきまで黄色い歓声を上げていた女の子たちと隣の友人の白い目にも構わず話し続ける我が兄に、
あたしは雄叫び(そう、文字通り雄叫び)とともに鞄を振り下ろした。



「こんなカッコいいのに、シスコンだからねぇ…」

お姉さま方の呟きを背にして。











***











「まったく!酷い目にあったよ!」

隣を歩くヒロ兄に膨れてみせる。
ちなみに、一緒に来た友人はあまりの衝撃に「…先帰るわ」と言って帰ってしまった。(生で見るとやっぱり辛いらしい…)
宣言通りあたしと一緒に帰れることに浮かれているヒロ兄は、聞いていなかったようで「何か言いました?」なんて言ってくるし。
「いや、もういい…」

はあ、とため息。

「そういえば、今日は何故立海に?」
「え?ああ、ヒロ兄の彼女を探しに」

隠すのも面倒で正直に答えると、ヒロ兄は「彼女ですか…」と黙り込んでしまった。

「でも、今日お姉さま方が言ったことでわかった。ヒロ兄、彼女いないんじゃなくて出来ないんでしょ」
つまりは、チョコも本命じゃなく義理ってことだ。うんうん、一人で納得したあたしを、ヒロ兄が遮る
「違いますよ」


「出来ないんじゃなくて、作らないんです」



可愛い妹のよりも、優先しなければいけないでしょう?



「それは、出来ませんから」
にっこりと笑ったヒロ兄は、シスコンを通り越してなんだか危ない気もしたけれど。
可愛い妹、なんて言った瞬間、一瞬だけ見せた真面目な顔のせいで。

なんだか嬉しくて、笑いがこみ上げてきた。



?何か面白いことを言いましたか?」
「なーんでもない!ほらスーパー寄って帰ろう、お兄ちゃん!」

一瞬、ヒロ兄は驚いた顔をして足を止めたけれど
あたしは知らんぷりで、先をスタスタと歩き出す。
ヒロ兄はそんなあたしにちょっと駆け足で追いつくと、そうですね、と言ってあたしの鞄を手に取る。


「急いで買い物をして帰りましょうか」
「うん!今日の夕ご飯は何かなぁ」
「それよりも、今日会った仁王君、彼には気をつけてくださいね」
「え、仁王さんってどの人?」
「帰りがけにに話しかけていた人ですよ」
「えーっと…顔覚えてない」
「…目に入ってなかったならいいです」





I Love You Baby!(でもちゃんと彼女は作った方がいいと思うよ、ヒロ兄…)







*おまけ

、もう一度"お兄ちゃん"と呼んでくれませんか」
「絶対嫌だ」