「ヒロ兄、辞書かし…あ、」
「ども」「よ」「お邪魔している」

波乱の予感は、まだまだ。




   I love you baby! 3




ヒロ兄に辞書を借りようと、居間への扉を開けたら。
そこにはずらりと並ぶ、テニス部のみなさんがいたのでした。
ソファに寝そべっている仁王さんはもちろん、他にも面識のある方が何人か。


「仁王さん、柳さん、こんにちは」
「この間振りじゃの、ちゃん」
「元気そうで何よりだ」
「ジャッカルさんと丸井さんはお久しぶりです」
「よ、
「久しぶりだな」


そんな会話をしながら、感じる視線。
ヒロ兄はいつものことなんだけど(ちょっと、みなさんを睨んでどうするの…)、
柳さんの隣にいるもじゃもじゃの男の子には、なぜかすごい睨まれてる。
(会ったことないけど、なんでこんなに睨まれなきゃないんだろ…)


ちょっと怖くなって、数歩後ろに下がる。
…目を逸らしたら負けな気がするから、あえて視線は外さないままで。
すると、




彼の頭に、何かがクリーンヒットしました。




「切原くん。が怖がっているじゃありませんか。
いくらが魅力的な女性だからといって、そんなに見られては困ります。は私の可愛い可愛い可愛い可愛い妹で「ヒロ兄頼むからちょっと黙って」

…うわあ。初対面の人に可哀想な目で見られた。


「…あ、えっと、初めまして…?うちの馬鹿兄貴がいつもお世話になってます…」
「あ、いやえっと…すんません、睨んでるつもりはなかったんっスけど…」

そうもごもごと言って笑顔を見せた彼は、切原赤也くんというらしい。
聞けば同い年だというので、慌ててお互いに敬語をやめる、が。


「っ、あの赤也くん、得意な科目とかってある、かな…?」
「得意…いや、苦手なら即答出来るんだけどよ、得意科目って言われると…」
「なんだよお前ら、付き合いたての初々しいカップルじゃねーんだから」


丸井さんにそう言われて、あたしたちは顔を見合わせ、



「…え、」「あ、……」

「いや何か言えって!」



見事に真っ赤になってしまったのでした。











***











「へー、って英語得意なのか」
「うんまあ、得意っていうか…好きではある、よ」


"は英語得意なんじゃろ、馬鹿也に教えてやってくれんかのぅ"なんて仁王さんに言われ、
断る理由もなかったあたしは、ダイニングテーブルに移動して英語のテキストを広げた。
リビングの方では、ヒロ兄がこちらをものすごい表情で睨みながら(本日二回目)数学の問題を解いている。
…ついさっきまで、本気で止める仁王さんと柳さんを引きずってこっちに来そうな勢いだったのは内緒だ。



「えーっとね、ここは前置詞が…」
「ぜんちし?」
「そう前置詞。at と in ってあるけど、これが、」
「あっと?いん?」
「…うん、一回休憩しようか」

頭の上にクエスチョンマークがたくさん浮かんでいるのが見えた気がして、あたしは思わず苦笑。
…ジャッカルさんが「…こいつ、英語ものすごく苦手だからな」と言っていたけれど。

(…これは、想像以上だわ…!)


とりあえず休憩ということにして、飲み物を取ろうとキッチンへ向かう。
さすがに自分だけ飲むのも気が引けるので、冷蔵庫の前から赤也くんに声をかけた。


「赤也くーん、コーラとオレンジジュース、どっちがいい?」
「え?ああ、んじゃコーラで」

わかった、と了承の返事をして、戸棚からコップを取り出す。…人数分あるところが恐ろしい。
ヒロ兄を含んだ先輩グループはだいたい何を飲むかわかっているから、聞く必要はない。
(緑茶とか紅茶とか、面倒なのが多いんだよ、ね!)
そんなわがままな方々のためにマグカップを温めながら、先に冷たい飲み物を渡しにいくことに。


「はい赤也くん、これ飲んでもうちょっと頑張ろうね」
「おー、サンキュー…」

そして丸井さんには、いつもと同じオレンジジュースと。

「丸井さん、この間美味しいチョコ見つけたんです。一緒に置いておきますね」
「マジ!?が見っけてくるお菓子っていっつもうめーよな!よっし頑張る!」

やる気を見せた丸井さん(柳さんが「まったく…」なんて言いたげに首を振った)に少し笑って、
今度はキッチンに戻って暖かい飲み物の準備。
ブラックコーヒーを仁王さんに、ミルクを添えたコーヒーはジャッカルさんに。
柳さんとヒロ兄の前にそっと緑茶と紅茶を置いて、それぞれのカップの隣にあめ玉ひとつ。


「すまないな」
そう言って柳さんが顔を上げたので、「頑張ってくださいね」と声をかける。
「…は、やる気を出させる天才だな」

…わあ。柳さんに、褒められた…!!


ちょっとニヤニヤしながら(だって嬉しいんだもの…!)テーブルに戻ると、
赤也くんが「…お前さ、」となんだか遠慮がちに話しかけてきた。

「なに?」
「いや…よく、気が付くんだな、って」
「………え、あ、」




初対面の人に褒められる恥ずかしさから、真っ赤になるあたし。
そんなあたしを見て、真っ赤になる赤也くん。

(…これ、さっきと同じ展開…っ!)








不思議な沈黙が落ちるダイニングルームに、
変な勘違いをしたヒロ兄が駆け込んでくるまで、あと3秒。







I Love You Baby!(なにしてるんですか切原くううううううううん!)





*おまけ

「またかよ柳生…」
「あーあ…が可哀想だぜぃ…」
「いや、ちゃんもなかなかのブラコンじゃ」
「ふむ、どっちもどっちだな…」