「ヒロ兄、お願いがあるんだけど」
「何です?の頼みなら、たとえ火の中水の中」
「テニス部の人に聞いてほしいことがあるんだ」
「させませんよおおおおおお!」

嵐の中心は、柳生家です。




   I love you baby! 4




「え?ちょ、たとえ火の中水の中じゃなかったの?」
「彼らに関係することだけは、いくら可愛い可愛い可愛い可愛い妹の頼みでも聞けません!」


相も変わらずシスコンなマイブラザー。
せっかく2月に入ったしね?あのイベントのために、ヒロ兄に頼みたかったんだけど。


「じゃあいいや」
「えっ?いいんですか」
「うん。ヒロ兄のチョコは無しってことにしておくからいいよ」

面白いくらいに、ヒロ兄の表情が変わる。
ああ、頭の中で何を考えているのかわかるような気がするよ…


「それに、あたし仁王さんのアドレス知ってるし。別にヒロ兄通さなくたって」
お願いです。チョコ無しだけは勘弁してください」
「だって駄目なんでしょ?」
「うっ…」


脳内会議が終わらないようなので、あたしは携帯片手にメールを作成。

(えーっと…に、に、に……)
仁王さん、の文字を見つけて宛先に設定。
本文…うーん、文面がくだけすぎるのもなあ。

考えながら、ぽちぽちと文章作成。
まだまだ、ヒロ兄の脳内会議は終わる気配がない。



To:仁王さん

こんにちは、柳生妹です。
バレンタインが近づいてきたので、テニス部のみなさまに日頃のお礼をと考えているんですが
甘いものが苦手な方はいらっしゃいますでしょうか?
兄を通して聞こうと思っていたのですが、取り次いでくれないということだったので
メールさせていただきました。
お暇な時にでも、返信を頂けたら嬉しいです。





(うーん、こんなものかなあ)
ちらりとヒロ兄を見たけれど、立ち直る気配もなかったので


送・信!












***












それから数日後。
テニス部がオフの日で、ヒロ兄は居間で読書をしていた。
あたしはキッチンで、冷蔵庫からあれを取り出したりこれを取り出したり。


「ヒロ兄ー、コーヒー飲む?紅茶にする?」
「そうですね…では、紅茶を」
「はいはーい」

手早く温めたポットとカップに、茶葉を用意。
ヒロ兄は本に夢中で気が付いていないけれども、
あたしが用意しているカップと茶葉は一人分よりもかなり多い。

(…さあて、そろそろかな)




ピンポーン

軽やかなチャイムの音。
本を手にしたままだったヒロ兄に「あたしが出るよ」と声をかけ、玄関へ出る。
…扉を開ける前から、なんとも騒がしい。


「はーい」
「よっ、来たぜ」
「いらっしゃいませ!」

にこり、と扉の向こうで笑う丸井さんの手には、スーパーのビニール袋。
その隣で赤也くんが、悪戯っぽい笑みを浮かべている。
そして後ろにはわらわらと、テニス部のみなさんが。


「…うわあ、壮観…」

呼んだのはあたしだけど、なんともすごい光景だなあ…!!



みなさんにスリッパを勧めつつ、家の奥へ。
居間の扉を開けると、ヒロ兄は本から目も離さずにあたしに声をかけた。

「随分遅かったですね、…新聞の勧誘です、か………」

言葉の途中で、顔を上げる兄上様。
その、無駄に光を反射する眼鏡が、あたしの後ろにくっついてきたみなさんを写す。


「か…


帰ってくださいいいいいいいいいいいい!!」









「帰ってください、とは酷いな。初めまして、ちゃん」
「初めまして、幸村さん。兄がいつもお世話になっています。…それに、真田さんも」
「うむ。随分久しぶりだな。気に入った竹刀は見つかったか?」
「はい、おかげさまで。この間竹刀を買ったら、手拭いをおまけしてもらっちゃって」


実は初めましての幸村さんと、久しぶりの真田さんに挨拶して。
あたしは、丸井さんが持って来たビニール袋を覗き込む。

「うわあ、すごい。いろいろ揃ってますね」
が何作りたいとか言わなかったからだろぃ。これだけあれば、いろんなのが作れるぜ」
ー、俺チョコケーキ食いたいチョコケーキ!」

わちゃわちゃと騒ぐあたしたちに、ヒロ兄は何が何だかわからないらしい。

「ちょ…、!というか、みなさん何を!」
「え?ヒロ兄が取り次いでくれなかったから、仁王さんに頼んだだけなんだけど」
「ほんで、俺がブンちゃんに話して」
「で、俺がジャッカルと赤也に話して」
「んで俺が、三強に話したんスよ」

事情を把握したヒロ兄は、そのまま凍り付いてしまった。


「それに、丸井さんがお菓子作り得意だって言うし。丸井さんに教わりながら、
みなさんにお菓子作れば一石二鳥かなあ、って」



ほら、ヒロ兄。
手伝ってくれないと、本当にチョコ無しだからね?
そう笑って口にすると、ヒロ兄は少し泣きそうな顔で頷いた。







丸井さんは、本当にお菓子作りの達人らしい。
つまみ食いに来た赤也くんと仁王さんからもチョコレートを守り、さっさとひとつ完成させてしまった。
あたしはその隣で、見よう見まねでチョコレートを湯煎にかけたり型に流し込んだり。
ヒロ兄は、丸井さんを監視しながらあたしの手伝いをすることに決めたようだ。
声をかける前に生クリームを取ってくれたり、スパチュラを渡してくれたり。
やる気になったヒロ兄は、実は優秀な相棒である。


「ねえヒロ兄、ヒロ兄は何がいい?」
「…がくれる物ならどんなものでも嬉しいですよ」

しぶしぶ、といった口調でヒロ兄が答える。
その答えを聞いた丸井さんは思いっきりふきだして、ヒロ兄に睨まれていた。



「よっし、こんなもんだろい。作り方覚えたか?」
「ばっちりです!手際良いし、さすがですね!丸井さんに頼んで正解でした」

休憩するためにあたしが淹れた紅茶を、ヒロ兄に「私が運びます」と掻っ攫われたために
なんとなく手持無沙汰になって、キッチンで丸井さんと立ち話。
リビングからは、ゲームを始めた赤也くん・幸村さんとヒロ兄が揉めている声がする。

「…あ。チョコペン買って来たのに使わなかった」

ビニール袋の中を覗いていた丸井さんが、桜色のチョコペンを手にそんなことを言った。
つられて覗き込めば、そこには色とりどりのチョコペン。

「…丸井さん。それ、使ってもいいですか?」
「ん?いいぜ。なんか書くのか?」
「後で使いたいなあ、って。その分のお金は払いますから」
「あー、いいっていいって。俺はこれ食えれば満足」

ニヤリ、笑う丸井さんは、本当に素敵な兄貴分といった感じ。

(ヒロ兄よりもずっとお兄ちゃんっぽいわ、)

それでもどこか憎めない我が兄貴のために、ちょっと細工をしましょうか。









***








「…そう。それで、いろいろ教えてもらったのね」
「うん。もう本当、すごいの。手際良いし、仕上がり綺麗だし」


お菓子パーティーをお開きにしてから数時間後。
あたしは母さんと並んで食器洗いをしながら、今日の報告をしていた。


「でも、もあれだけ書ければ上等よ」
「丸井さんにコツ教えてもらったからだよ。難しかったー」

冷蔵庫の中に入っている「それ」。
真っ先に見つけた母さんからはお褒めの言葉をもらったけれど。



「お、が作ったのか?」
わくわく、といった表情でケーキを覗き込む父さんと、ケーキを見て硬直するヒロ兄。
それもそのはず、ヒロ兄が最後にそのチョコケーキを見た時には、こんなデコレーションはなかったから。



嬉々としてケーキを頬張る父さんの横で、
延々とそのデコレーションを眺めながらニヤニヤしている我が兄上。
…ま、たまには。
こんなことがあったっていいじゃない?





I Love You baby!(もう、何枚記念写真撮ってるの!)







*おまけ

宛先:テニス部メーリングリスト
件名:見てくださいこれ
本文:可愛い可愛い可愛い可愛い妹のが私のためにデコレーションしてくれました
   どうですか素敵でしょう?もうこの文字の震え具合といい(略)
添付種別:画像



「(…うっぜえ…)」