「……おい。

「イヤ」

「イヤって…俺、何も言ってないんだが?」

「……」







今日のお姫様はすこぶる機嫌が悪いらしい。
俺はベッドの淵に腰掛けながら、丸まって蓑のようになったシーツをつつく。
中には俺の恋人であるが入っている…ハズ。
呼びかけに応えた声は、くぐもっていたが一応の声だった。





部屋の中は、朝陽が差し込んでいて眩しいくらいだ。
天気は快晴、春も目前で気温も丁度良い。
まさに散歩日和と言わんばかりの日に、彼女は俺のベッドの上で丸まって動かない。
時間はもう昼近いというのに、彼女はまどろんでいるばかり。






「おい、…もう昼だぞ」

「イヤだー…」

「ったく……」





こうなった彼女は、俺が何と言おうが聞かない。
別に俺が彼女に対して何かしたわけじゃないのに、これは何たる仕打ちか。
これ以上言うとまた彼女の機嫌が悪くなるのは目に見えていたから、俺は諦めてベッドを離れる。
ベランダの戸を開けて、外のテラスに出た。


実を言うと、昨日は跡部家のパーティが実家の方で開かれていた。
俺と恋人であるはそれに出席し、そのまま俺のマンションに彼女は泊まったわけなのだが。
そのパーティこそが、彼女が機嫌を損ねている原因だった。




(まぁ…仕方ねぇか)




慣れている自分でも、アレは気分の良いものではない。


腹の底を探り合うようなやり取り。
人を値踏みするような視線。
表面に浮かべている笑みは仮面のよう。


自身、こういったパーティは初めてではない。
でも出席する度に、翌日はこうやって一日ぐったり(…というよりぐうたら?)している。
いわゆる一般庶民に分類される彼女にとって、パーティは毎回苦痛でしかないのだ。






































とは、大学で知り合った。
同じゼミで、グループ発表の時にたまたま同じ班だった。
それが彼女とのファーストコンタクト。
ゼミの課題がかったるいな…と溜息を吐いたら叱咤されたのだ。


  “跡部様だか何だか知らないけど、ちゃんと課題やってよね!”


グループなんだから!と息巻く彼女に、最初俺は驚きを隠せなかった。
もちろん、同じグループになっていた他のメンバーなんかは真っ青と表現してもいいぐらいで。
俺に対してハッキリ物を言う女なんて、早々いなかったから珍しかった。
そんな彼女に対して、苦笑混じりに「誰もやらねぇなんて言ってねぇだろ」と応えると、彼女は今度はすまなそうな顔をした。



  “あ、そう言えばそっか。ごめんね”



一転してシュンとした彼女に、俺は興味を持った。
感情をストレートに出すタイプは、今時珍しいと感じたからだ。


いきなり怒ったりしょげたり、面白いヤツだな…と最初は思っていて。


いつの間にか、その素直さに惹かれていた。
自分の感情をちゃんとぶつけてくれる彼女を、愛しいと思うようになったのだ。








そして、大学の半ばぐらいで付き合いだした。
大学卒業と同時に、一緒に暮らし始めて。
社会人になって数年経つ今も、もちろんその付き合いは続いている。



しかし、いかんせん彼女は一般庶民だった。
現代に身分なんて存在するのかと言われそうだが、一応そういうものは存在している。



以前、両親に彼女と付き合っていることを話した時、微妙な反応をされた。
親としては、息子の望むようにさせてやりたい。
でも「家」の手前、そう自由にさせてやれない部分もある…と。



だから、今はいわゆる試し期間のようなものだった(言葉は悪いかもしれないが)。
両親は、彼女が跡部家に来るのにふさわしい人間なのかを見ようとしている。
パーティの度に彼女を連れて行くのは、そのためが主な目的だ。



そのことを知った上で、はパーティに赴く。
両親や周りの人間の前で、一人前の女性として振舞うために。
それは、かなりの緊張を強いられることなのだろう。
翌日の彼女は、いつだって疲れ果てている。




(でも……一度も嫌とは、言わないんだよな…)




そう、彼女は一度だって嫌だとは言わないのだ。
普通なら「パーティなんてもう嫌だ!」って言いそうだと言うのに。
それなのに、彼女は一度だってパーティを欠席したことはない。












以前、一度だけ彼女に言ったことがある。
嫌なら無理しなくてもいいんだぞ、と。
すると彼女はこう言った。





  “私は、景吾と一緒に生きたいの。それを邪魔するなら景吾だって許さないから”





それを言われた俺は、案の定面くらって。
でも、「あぁこれが俺の愛した女だ」と誇らしくも思った。





































  *  *  *  *  *  *  *  *  *  *















「けいご」

「…起きたのか?」

「ん。起きた」



ベランダに出て外を眺めていると、背中に体温を感じた。
後ろから抱きつくようにして、腕が回される。





「…昨日のパーティはどうだったんだ?」





これも、パーティの翌日に毎回聞いていること。
答えはいつも決まって…




「相変わらず、最悪だわ」

「…そうか」

「だって、見も知らないお嬢さんに“貴女は跡部家にはふさわしくないわ”なんて言われたもの」

「へぇ…それで?」

「だから言ってやったのよ。“私がお付き合いしているのは跡部家ではなくて、景吾さんですから”って」

「さすがだな」



背中からツンとした口調で、そう返って来る。
それが強がりだということは、分かっていた。
ふさわしくないと言われて、傷つかないワケはないのだ。


それでも彼女は一生懸命に立っている。
どんなに傷つけられようと、俺の傍にいようとしてくれている。




…」

「何?」

「まだ、頑張れるか?」




背中から回された彼女の手に、自分の手を重ねながら問い掛ける。
答えは、聞かなくてもわかっているのだけれど。









「…もちろん。招かれざる客は、もう慣れたもの」










振り返れば、彼女はあの時と同じ表情をしていた。
俺が「辞めるか?」と聞いた時と、同じ…誇りを持った一人前の女性の表情。
口元は弧を描き、目には強い意志が宿っている。



俺は彼女の腕を解いて、彼女を正面から抱き締めた。
そして、耳元で「愛してる」と囁く。






「…その言葉だけで、私は戦えるよ。景吾」






彼女は笑って、そしてどちらからともなくキスをした。


















     強気なシンデレラ

   (愛されてさえいれば、ただそれだけで)



















お待たせしました!お礼のフリー配布夢です。
初の試みなのでこれでいいのか不安ですが…。

アンケート結果が「跡部夢」が1位で、
コメントに「社会人設定」「跡部っぽさが出ていてほしい」などの声がありました。
それで出来たのがこのお話です。
……あ、跡部っぽくない…ですかね?
自分の中で「跡部=世話焼き、お兄さん」的なイメージがどうしてもあったもので…。
なので、機嫌を損ねるヒロインを前に困らせたり呆れさせたりしてみました。

跡部は公式発表では強気な女性が好き、とあったので強気なヒロインをイメージしてみました。
凛としていて、自分の意志をちゃんと持っている…そんな素敵な女性になりたいものです。

もっと跡部っぽさを出すために、強引な方がいいのかなぁ…なんて思ったりもしましたが…。
ウチの跡部は、やっぱりこう…かな?と。


お持ち帰り方法は、それぞれお任せいたします。
ソースをコピーするのが一番楽だとは思います。

お持ち帰りの際には特に報告はいりません。
もちろん、報告をくださればサイトの方に喜んで遊びに行かせていただきますが。(笑
そして、皆様はルールとして守ってくださると思いますが、下記の著作権表示だけは消さないでください。
その点だけは、よろしくお願いいたします。
こちらのコメントは消してしまっても大丈夫です!
なお、フリー配布期間は3月いっぱいとさせていただく予定です。

最後になりましたが、皆様にいつも支えてもらって、このサイトは成り立っています。
そのささやかなお礼として、受け取っていただければ幸いです。


written by 緋呂[mono]











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