今を盛りと、咲き誇る花々。
舞い落ちた花びらを巻き上げる風を受け、目を細める彼に
いつかのわたしは、恋をした。




   06:薄紅の花吹雪




「な、俺明日誕生日なんだけど」

ニヤリ、笑みを浮かべわたしの前に立ちふさがる彼は、
つい数週間ほど前に初めて同じクラスになった丸井ブン太くん。

中等部での人気をそのままに、高等部でもファンを増やしている彼と同じクラスになったのは
奇跡と言っても差し支えないだろう。
さらに、その大人気の彼の隣の席とは、彼の大ファンからすれば
なにを差し出してでも欲しい特等席だと思う。

その特等席に、座ってしまったのがわたしである。



「そ、れで?明日は土曜だし、プレゼント請求したってあげられないよ」

一瞬言葉に詰まったことに、果たして彼は気付いたかどうか。
素知らぬ顔で、「そうなんだよなー」なんて呟く。

「しかもブン太くん、土日でも関係なしにいろんな人からプレゼント貰ってるでしょ」
「あ、バレてんのかよ」
「有名な話じゃない」

ぺろりと舌を出すブン太くん。…その辺にいる女の子以上に可愛いなんて、反則だと思う。

「いっぱいプレゼント貰ってるんだから、わたしからの一個がなくたって変わらないよ」
「えー」

今度は頬をぷっくりと膨らませる。ああもう、つつきたくなるほっぺ。
思わず手を伸ばして頬を突っつけば、くすくすという笑い声が聞こえた。

「幸村くん!」
「もしかしてお邪魔だったかい?」
「精ちゃん!どうしたの、辞書でも忘れた?」

教室が離れてしまった精ちゃんがわたしのクラスまで来るなんて、随分珍しいことだ。
忘れ物でもしたかと思って問えば、精ちゃんは笑顔をそのままに首を振る。

「うちの花が咲いたから、に報告しようと思って」
「わ、ほんとに?じゃあ明日にでも写真撮りに行っていい?」
「うん、母さんも喜ぶよ」


幼馴染の精ちゃんのおうちには、小さい頃から頻繁に通ったものだった。
高校に入ってからは、主に趣味のカメラを持って。
花の大好きな精ちゃんのおうちでは、春になると一斉に世界が色付くから。


、明日幸村くんちに行くのかよ」
「そうだけど?」
「ふーん…」

何かを考えているブン太くん。が、いいことを思いついたと言いたげに満面の笑みを浮かべる。

「決めた。俺も幸村くんちに行くぜぃ」
「え?なんで?なんのために?」
「そこで真顔になるなって!傷つくっつの!」
「なにブン太、そこまでしてプレゼント欲しいの?」
「もち」

呆れつつも笑う精ちゃんにそう返し、彼は決まりとばかりにわたしのおでこをつついた。







***







翌日、土曜日。
わたしは、ブン太くんとともに精ちゃんのおうちにいた。


精ちゃんママ特製のハーブティーを手に何かを話している精ちゃんとブン太くんを置いて、
カメラを片手に庭へと降りる。
ムスカリ、スイセン、チューリップに芝桜。
春を告げる色とりどりの花は、また今年も綺麗に咲いていた。


「去年も、に写真を撮ってもらったんだよ」

ね、?なんて声が聞こえてきて、わたしはそちらを振り向く。
精ちゃんが持っているのは、わたしが撮った写真のアルバム。

「これと、これ。それにこれは、うちで撮った花だよね」
「へえ。すげー、こんなの撮れるのかよ」



ぱらぱらとアルバムをめくるブン太くんの手が、突然止まった。



「…これも、が撮った写真か?」

指差す写真は、いつかの風景。
固まるわたしをよそに、ひょいと覗き込んだ精ちゃんが「ああ、それね」と口を開く。

「俺の好きな写真なんだけど、どこで撮ったのか教えてくれないんだ。
桜だっていうのは見て分かるんだけど、あえてモノクロで撮ってるのがいいよね」


モノクロで撮ったのは、桜の下で手を広げる彼の色が、とても目立ったから。
桜よりも濃いその紅が、彼のアイデンティティーだったから。


「木の下に写ってる人も、随分気持ちよさそうだと思わないかい?顔が見えなくても、
気持ちよさそうな表情をしてるんだろうなあって、よくわかるよ」


今でもはっきりと思い出せる。
春の風を、胸いっぱいに吸い込んで
幸せそうに笑っていた、その人を。


「…俺も、この写真、気に入ったぜ」

小さく呟いたその言葉が、風に乗ってわたしの耳へ届いた。








「おじゃましました。じゃあ精ちゃん、後でまた写真届けに行くね」
「楽しみにしてる。ブン太、ちゃんとを送っていくんだよ」
「あったりまえだろい。じゃ、また明日部活で」


精ちゃんに手を振り、駅へ向かって歩きだす。
曲がり角をふたつ曲がったところで、ブン太くんが突然わたしの手を引っ張った。

「ちょ…、どこ行くのブン太くん」

答えは返ってこなくて、ブン太くんはただ前を見て歩き続ける。
商店街を抜け、海辺の道を通り、




漸く立ち止まったのは、つい今しがた写真で見た木の前だった。


「ブン太く、」
「去年の俺の誕生日、だろい」

主語がなくたってわかってしまう。
あの写真を撮ったのは、確かに一年前のこと。

「あの、ごめんなさい」
「なんで謝るんだよ」
「だって、勝手に撮られたら、嫌な気持ちになるでしょ?」

綺麗だと思ったから、思わずシャッターを切ったけれど。
普通に考えて、知らない間に撮られていたらいい気はしないだろう。

「…じゃあ、」


舞い落ちてくる花びらとともに、ブン太くんの声が届く。



「今年も、来年も、その次も。ずっと写真、撮ってくれよ。そしたら、許してやるぜぃ」







いつかと同じ、その場所で
わたしは、ファインダーを覗き込む。
さりげなくくれた未来の約束に、幸せを感じながら。




かしゃり、小さな音を立てて切り取られた世界は、薄紅色に色付いていた。






薄紅の花吹雪
(来年も、またその次の年も)(おなじ景色を、きみと)